特別コラム:東日本大震災ー経済復興に向けた課題と政策

震災と構造改革

後藤 康雄 上席研究員

東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致しますとともに、被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。また、日夜復旧に尽力されている方々に深く感謝と励ましの言葉を申し上げたく思います。

報道を通じて伝わってくる惨状を見聞きするにつけ、わが身の非力さを痛感するとともに、経済分析を生業とする立場としてできることはないかと自問している。今日できることは限られているかもしれない。しかし、震災の影響は長期化すると見込まれるため、どのように復興を進めていくかは、マクロ経済と密接に関係するはずである。円滑で実効性のある復興を進めるために、経済分析を行う立場として考えを整理してみたい。

今後の経済の流れ-震災被害と復興需要

まず強い関心を持たれるのは、今後の日本経済がどうなっていくかということであろう。先行きのみえない要素が多いため、正確な数量的評価は今なお難しいが、おぼろげなシナリオは見えてきているように思われる。今後のマクロ経済の展開は、復興計画を描く前提となり、復興の道筋に大きく影響する。逆に、復興の進捗は日本経済の足取りを左右する。既に理解されている方々には当たり前のことかもしれないが、震災被害や復興需要など、今後の経済を左右する要素を整理しながら、大まかなシナリオの提示を試みたい。

すでに震災被害の数字がいくつか試算されている。代表的なものとして、内閣府が3月23日に公表した数字があり、それによれば直接的な被害額は16~25兆円とされている。これは、ストックとしての被害である。民間企業の生産設備、家計が保有する住宅、公的部門が保有するインフラなど、営々と築かれてきた膨大な資本ストックが一瞬にして失われた。

しかし、通常我々が「景気」と呼んでいるものは、どちらかといえばフローの概念である。ある一定期間にどれだけの付加価値を生んだかというGDP(国内総生産)で、景気動向を近似的に測るのはそうした理由による。フローとしての景気に震災はいかなる影響を与えるのか。

短期的には、確実に供給サイドから下押し圧力がかかる。電力を含む中間投入財の供給が制約されるため、需要があっても供給ができない。こうしたルートに加え、当面は家計や企業のマインド低下による需要サイドを通じた影響も覚悟しなければならない。行き過ぎとの指摘もある"自粛"ムードもここに含まれる。

目先は景気を下押しするばかりの震災の影響だが、時間が経つにつれ、復興需要という押し上げ要素が出始める。失われた莫大な国富をリカバーするための需要が、フローとして景気を押し上げる方向に働くのである。こと景気という観点からは、「復興景気」のような局面も出てくる公算が大きい。しかし、ここで注意が必要なのは、それはあくまで"方向性"としての話であり、経済を"水準"でとらえると、震災無かりせば達成できていたはずの水準は当面期待しにくいだろう。そして、復興の原資となる税収は、この"水準"に依存する。

長期に及ぶマイナスの影響

ただでさえ財政面で逼迫していたわが国だが、今後は復興のための財政支出という大きな追加的負荷が及ぶ。いかにして経済の水準を高め、国の歳入を確保していくかということが今ほど問われている局面はない。これは、かねてより叫ばれていた成長戦略が、震災を機に一段と重要性を増したということである。

しかし、現実は極めて厳しい。もともと少子高齢化による労働力の減少などが懸念されていたところに、震災による長期的なマイナス効果が加わりかねない。特に危惧されるのはグローバル環境における国際競争力の低下である。生産停止が長引けば、海外のライバル企業にシェアを奪われ、それが定着するおそれがある。また、インフラをはじめとするわが国全体への信頼低下は、日本製品の敬遠や対内投資の減少といった需要・供給双方のチャネルを通じて経済成長力を阻害する可能性がある。心配なのは、こうした動きが海外の経済主体のみならず、日本企業にも広がることである。それは、もともと進行しつつあった空洞化がさらに勢いを増すことを意味する。震災後の対応に追われ、国内の重要課題が先送りされれば、こうした流れを加速するであろう。TPP、農業改革、税財政改革など待ったなしの案件が目白押しである。

成長戦略の大きな岐路

我々は大きな岐路に立っている。まず1つは、今回の震災により一段と成長力を失い、縮小均衡に向かっていく道である。しかしもう1つ、容易ではないが希望の道もある。震災を機に、わが国の構造改革を進める道である。すなわち、長期的に「復旧」では無く新たな「復興」を目指すということである。

今回の震災では、サプライチェーンの脆弱さ、エネルギー供給体制のリスクをはじめ、わが国の経済・産業構造のさまざまな弱点が露呈した。逆にこれらを克服し、新たなシステムを構築できれば、国際的にみても強固な体制となる。それは今回被災した東日本地域だけでなく、わが国全体を巻き込んだ構造改革にならざるを得ない。

しかし、こうした改革には痛みを伴う。それを避けて先延ばししてきたのがこれまでのわが国である。当面、我々に求められているのは被災地の方々の平穏な生活を取り戻すための支援であるが、長期的には国民全体で痛みを分かち合いわが国の成長力を高める改革を進めることが、最大の復興支援になる。

2011年4月14日

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2011年4月14日掲載

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