「知の時代の到来」―日本再生への提言―

藤田 昌久 所長・CRO

失われた20年ともいわれる長期経済停滞から日本が再び躍動する社会に再生し、世界をリードしていくにはどうしたらいいのだろうか。

多様性はなぜ重要か

私の専門分野である空間経済学は、1990年代から急速に発達した経済学の新分野だ。生産・消費・流通・研究・教育などの多様な人間活動が近接して立地することにより、生産性や集客力、創造性の向上といった「集積力」が生まれるということを中核として、都市経済学・地域経済学・国際貿易理論など地理的空間に関する理論を統一し、発展させたものである(詳しくは『THE SPATIAL ECONOMY』藤田昌久、ポール・クルーグマン(2008年ノーベル賞経済学賞受賞)、アンソニー・J. ベナブルズ共著、参照)。

インターネットに代表される情報通信技術や、コンテナ船、ジェット機などの輸送技術の発展、またWTOや自由貿易協定の締結などにより、財、サービス、資本、情報、人の移動にともなう広い意味での輸送費は大幅に減少した。こうした輸送費の低下により、たとえば財の生産者は、個々の需要地の近くで生産を行う必要性が下がり、規模の経済を活用できる特定の地域で生産を行うことが容易になる。このようにして特定の地域への集積がおきた場合、製品やサービスなどの活動や人間が同質であると直接的な競争関係に落ち込む危険性が高くなる。しかし、多様性があり差別化されていれば、全体としての補完性が増すとともに、相乗効果により、生産性・集客力・創造性も増加し、地域経済や社会全体としての発展に向けたダイナミズムが起こり得る。

集積力にとって多様性/差別化はなぜ重要か

グローバル化と知のルネサンス

14~16世紀のヨーロッパルネサンスでは、イタリアなどの都市国家を中心としてあらゆる分野で「知の爆発」と、ヨーロッパレベルでのグローバル化が同時に起こった。その根本的な要因も、人・物・金・情報など広い意味での輸送費の大幅な低減であった。たとえばグーデンベルグが発明した活版印刷技術による知識流通への影響は、今のインターネット以上であっただろう。遠隔地貿易が劇的に広がり、比較優位と集積の経済が結合することにより、フィレンツェ共和国は金融都市、ヴェネツィア共和国は海運都市、ミラノ公国は産業都市、ローマ教皇領は宗教都市など、特色をもった都市国家が生まれ、その都市国家間の競争によるsynergy(シナジー)により経済や知的創造における生産性が爆発的に向上した。

こうした都市国家について、塩野七生氏は『ルネサンスとは何であったか』で、「都市国家というのは、土地は持っていないが頭脳は持っている人々が集まって作った『頭脳集団』」と定義しているが、これは今でもそのまま当てはまる素晴らしい定義だといえる。

20世紀末以降、情報通信技術や輸送技術の革新をもとに輸送費が大幅に低減し、グローバル化ないし脱国境の時代が来ている。一方、経済活動の脱国境化とともに、社会の一番基本でありかつ重要な資源は1人1人の頭脳(=Brain)だとする考え方(=Brain Power Society)、いわゆる「知のルネサンス」が到来し、知の拠点化やネットワーク化が起きている。既に確立した技術による生産活動は、発展途上国などコストが安いところに分散していき、先進国に集まる可能性がある活動は、いろいろな密な対話を必要とする知識創造活動、広い意味でのイノベーション活動が中心になる。

なぜ日本経済は長期停滞から抜け出せないのか?

戦後の日本経済は、朝鮮戦争の特需を契機として55年頃から急速に成長した。70年代初めの金融ドルショック、石油ショックによる転換期も乗り越え、ハイテク産業に切り換えて再び成長してきた。しかし、1980年代の終わりにバブルがはじけ、大きな雪だるまが深い谷底にはまったような感じで、にっちもさっちもいかなくなった、というのが現在の状態だ。数年前、一時、世界経済バブルの影響で日本の輸出が増え、谷底から抜け出したように見えたが、自力で外に出たわけではなかったため、元に戻ってしまった。

なぜ日本は90年代初めより長期停滞から抜け出せないのか?

日本の1人当たりの所得は、1993年にOECDで1位だった。しかし、2002年には7位に、2008年では19位となり、1位のルクセンブルグとは3倍以上の開きがある。これは為替問題のようなテクニカルな要因だけによるものではなく、日本の社会システム全体が大きな問題を抱えていることを示している。

今までのものづくりは、基本的な知識を西欧やアメリカから学び、それを改良するかたちで発達してきた。しかし、今後は、米国やEUなどと住み分けした、世界的な知識創造活動・イノベーション活動の場となり、知のフロンティアを開拓しながら世界をリードしていけるよう、日本のシステムを変えていく必要がある。そのときに一番重要なのは、人間・人材、企業、大学、都市・地域など、あらゆるものの多様性と自律性だ。

日本再生のためのシステムとは

知識創造社会においては、1人1人の頭脳が中心的な資源になる。ただし、頭脳はソフトウェアなので、まったく同じソフトウェアが2つあっても相乗効果は生まれない。多様性から生まれる相乗効果が創造力にとって重要で、その核心は、ことわざ「三人寄れば文殊の智慧(ちえ)」にある。

複数の人が何らかの知の共同作業をする場合、コミュニケーションを円滑にするためには、ある程度の共通知識が必要だ。しかし、共通知識ばかりでは協力する必要がない。共通知識とそれぞれの固有知識の適度なバランスが必要だ。また一方、緊密な協力活動が長期間に及ぶと、共通知識の割合が増え「三年寄ればただの智慧」に終わる危険性がある。

多様な頭脳の共同から生まれる知識創造における相乗効果synergy

明治維新からこの数十年前までは、日本全体として多様な人が東京をはじめとする大都市に集まることによりsynergyが増大することにより発展してきたといえる。しかし、知識労働者が一極集中し、たとえば主要新聞の全てが東京から発刊されるシステムは、知のフロンティアを開拓する時代には合わなくなっている。これからは、多様性と自律性が本質的に重要で、あらゆる組織間、都市地域間、国際地域間において、知の交流と人材の流動化を活性化する必要がある。

知識労働者の一極集中

そのための方法の1つとして、明治維新で行った廃藩置県、中央集権国家、これをアンチテーゼで逆に返し、地域を中心とした日本の社会システムを作る「廃央創域」が考えられる。産業集積、知的集積、知的クラスターなどを核とする独自の特色を持つ地域を、たとえば10ぐらいの連邦のようなかたちで作る。それらが競争、連携することによって日本中に知のルネサンスが起き、ひいては世界をリードするイノベーションの場となる可能性がある。地域政策の基本は、1つには地域資源の最大限の活用と持続的な育成、もう1つが新しい人材と知識(血と知)を恒常的に導入することにより、それぞれの地域で住んでいる全員がわくわく楽しい、持続的なイノベーションの起こる地域独自の「環境」と「仕組み作り」を作ること。国としても、そうした多様な地域が育つための、国全体としての「環境」と「仕組みづくリ」により、支援を行うことが必要だ。

また、各地域は、私が「異端者」と呼ぶところの、社会の中枢部、知識創造活動の中枢部になかなか入れない人、への包容力を具体的な政策を打って促進する必要がある。具体的には在日外国人、外国人労働者、学歴軌道から離れた若者、社会でさらに活躍したい中高年、ハンディキャップの人々、特に日本では色々な場で女性が「異端者」になっている。こうした人々を、具体的な施策を通じて社会の中心に取り込んでいくことが地域の発展に結びつくものと予測している。

日本をハブに東アジアの知のネットワークを

日本が再び活力を取り戻すためには、地域の発展を通じた国内の活性化と併せて、東アジアとの連携強化が不可欠だ。東アジアは、豊富な低賃金労働を有効に活用し、輸出指向の戦略を通じて高度成長を達成してきた。今後も東アジアは高い経済成長を維持し、世界経済の持続的な成長をリードしていくことが期待されるが、そのためには世界の製造拠点としての一層の発展に加え、「世界の市場」さらには「世界の創造拠点」として、米欧と比較しうる成熟した経済社会に脱皮していく必要がある。

アジアの人々の知的創造力を最大限活用すれば、世界の創造拠点としても発展しうる。それには、アジアの地域協力が大前提になる。さまざまな角度から政治・経済両面で一層の協力が不可欠だ。東アジア共同体を展望しつつ緊急性や必要性の高いものからどんどん協力を具体化すべきだ。

また、現在の東アジア生産ネットワークの深化と並行して、文化を含む幅広い分野で、アジア全体としての知の創造・交流のための密なネットワークを世界に開く形で構築することが必要だ。それにより東アジア各国・地域の異なる歴史・文化を背景とした、多様な「頭脳集団」からの相乗効果を最大限に生かすことで、知のフロンティアの開拓が実現できる。

こうした東アジアの知識創造ネットワークの中で、日本が主要なハブ(結節点)として成長していくには、世界中から多様な人材を吸収しつつ日本全体がイノベーションの場としての集積力を高める必要がある。ハブ形成でカギを握るのは、過去の日本の実績とともに、将来に対する期待である。今後も「科学技術立国」として発展すると信じるに足る具体的な施策を通じた強いメッセージを持続的に発信していくことが求められている。

2010年11月9日

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2010年11月9日掲載