中国における株価の高騰とその行方――警戒すべきバブルの膨張

関志雄
コンサルティングフェロー

上海総合指数は2005年6月の一時1000ポイントを割った水準から高騰しはじめ、2007年7月30日現在、4440ポイントという史上最高値に達している。株価収益率(PER)などから判断して、現在の株価は、すでにバブルの域に達している。実際、株取引の口座が急増し、その数が一億を超えたことに象徴されるように、『バブルの物語』の著者であるガルブレイスの言葉を借りれば、中国の株式市場は、まさに「陶酔的熱病」という状態に陥っている。

図1 急騰する株価と増加する株取引口座数

株価急騰の背景

今回の中国における株価が急騰する背景には、好景気に伴う企業の業績の向上と予定される企業所得税の税率の引き下げに加え、国際収支黒字の拡大によってもたらされた過剰流動性の発生や、証券市場改革をきっかけとするコーポレート・ガバナンスの改善への期待などが挙げられる。

まず、景気要因に関しては、中国は2001年のWTO加盟をきっかけに、成長が加速しており、2003年以来、二桁台の高成長を遂げ続けている。その上、税制改革の一環として、企業所得税の標準税率が来年1月から従来の33%から25%に引き下げられる予定である。これらは、企業の(税引き後)利益、ひいては株価にも反映されている。

また、流動性要因に関しては、中国は、貿易を中心とする経常収支と直接投資を中心とする資本収支のいずれも大きな黒字を計上している。これを反映して、人民元は上昇圧力にさらされている。人民元の対ドル上昇を抑えるために、当局は、積極的にドル買い・人民元売りという形で外為市場に介入している。その結果、外貨準備とともに人民元の供給量も増えている。これによって形成された「過剰流動性」の一部は、銀行預金より高い収益率を求めて、株式市場に向っているのである。

過剰流動性は、2002年以降の不動産価格上昇の原因であるともされているが、株価の上昇はそれより、3年も遅れている。これは、大半の株が政府によって保有されるという中国の証券市場における制度的欠陥が、2005年4月に始まった「非流通株改革」をきっかけに、ようやく是正されるめどが立つようになったからである。非流通株改革が実施されるまで、国有株と国有企業間の持ち合いに当たる法人株は、発行済み株数の3分の2を占め、その市場での流通も認められなかった。そして、一般の投資家の投資対象となる流通株のシェアは、残りの3分の1にとどまっていた。この制度のもとでは、流通株を持っている一般投資家は少数株主という立場に甘んじざるを得ないため、大株主である政府によって指名される経営陣を監督し、彼らの行動を律することが出来なかった。その結果、中国経済の高成長にもかかわらず、上場企業の業績が悪く、株価も長期にわたって低迷していた。

今回の非流通株改革を経て、政府がこれまで大量に保有していた企業の株を市場に放出する仕組みができた。今後、政府の持株が漸次に放出され、民間の手に渡されるが、その結果、民間資本による持株比率が高まり、最終的には、国有企業の民営化の道が開かれることになる。それに伴うコーポレート・ガバナンスの改善、ひいては企業収益の向上という期待が、株価の上昇に反映されているのである。

警戒すべき株式市場のバブル化

しかし、これらの要素だけでは、現在の株価の高水準を十分説明できていない。上海証券市場の株価収益率は、40倍に達しており、ニューヨークや東京の20倍前後を大きく上回っていることに象徴されるように、企業の収益と比べて、現在の株価は割高になっている。

また、一部の中国企業は、香港と中国国内の証券市場で同時に上場しているが、同じ企業の株なのに、平均的にみて、中国国内で上場しているA株は、香港で上場しているH株の倍くらいの値段がついている。その中で、ブルーチップである中国銀行のA株の価格も、そのH株の価格を35%ほど上回っている(2007年7月30日現在)。本来、配当金や、議決権など、同じ権利が保障される株であれば、その価格も同じでなければならない。しかし、中国の資本規制によって中国国内市場と香港市場が分断されているため、両市場における投資家の違う相場観を反映した二重価格が形成されているのである。現在、中国の国内市場で形成された株価が、海外の投資家が自由にアクセスできる香港市場での株価を大幅に上回っていることは、海外の投資基準から判断して、国内の株価はその分だけ割高になっていることを意味する。

バブルの崩壊に備えよ

今後の見通しに関しては、短期的には個人投資家からの資金流入に押し上げられる形で株価がさらに上がることもありうるが、株価がすでに企業の収益などの経済のファンダメンタルズから大きく乖離している以上、下落するリスクも見ておく必要がある。

株価が暴落することになれば、その打撃をもっとも大きく受けるのは、最近になって、割高になった株を買った小口投資家であろう。これは、治安の悪化や自殺率の上昇など、社会の不安定化につながりかねず、不満の矛先は、株価の急落を防げなかった政府に向いかねない。

また、株価が低迷期に入れば、流入する資金も細くなり、せっかく非流通株改革を経て回復した資本市場の資金調達と国有企業の民営化の受け皿としての機能が発揮できなくなる。

さらに、日本の経験が示しているように、バブルの崩壊に伴って、銀行部門の一部の融資が回収不能となり、不良債権比率の上昇は、貸し渋りという現象をもたらす。中国は、1997年のアジア経済危機以降、国有商業銀行の不良債権を処理するためにすでに巨額の公的資金を費やした。しかし、国有商業銀行が相次いで外国の金融機関の巨額の出資を受ける中で、公的資金をもってこれらの銀行を救済することは、政治的にますます難しくなる。

今年2月27日に発生した、上海市場での8.8%の株価急落が、世界全体の株価の同時安を誘発したことは、まだ記憶に新しい。このような場面が今後も繰り返されないという保証はどこにもない。その場合、和平台頭を目指す中国のイメージが損なわれるようになる。

バブルは、はじけてからようやくその存在が認められるものである。また、バブルが多くの国で繰り返されるように、人々は、歴史(中でも他国の歴史)から学ばないものである。バブルの膨張を止めることができないのであれば、せめて崩壊後の対策を用意しておくべきである。

2007年7月31日

2007年7月31日掲載