広瀬 一郎

RIETI在籍時(2004年10月31日)までの情報です。現在の情報とは異なる場合がございます。

広瀬 一郎顔写真

広瀬 一郎 HIROSE Ichiro

上席研究員 (2004年10月31日まで)

RIETIでの活動

学歴

1980 東京大学法学部卒業

職歴

1980年4月 株式会社電通入社
1981年 第8連絡局配属(トヨタ担当営業)
1984年-94年 ワールドカップを含めサッカーを中心とした団体スポーツのイベントプロデュース多数
1994年11月 2002年ワールドカップ招致委員会事務局出向
1997年1月 コーポレートコミュニケーション局
1999年3月-5月 環境問題研究のため米国ワシントンDCにOJT研修
1999年6月 経営品質協議会認定セルフアセッサー資格取得
1999年12月 Jリーグ経営諮問委員会委員就任(任期2年)
2000年7月 スポーツ・ナビゲーション設立、代表取締役就任
2002年8月 同社を退社
2002年11月- 現職

主な著作物

【著書】
新スポーツマーケティング~制度改革に向けて~』創文企画, 2002年11月30日
スポーツマンシップを考える』ベースボール・マガジン社, 2002年10月
『ドットコム・スポーツ』TBSブリタニカ, 2001年
『メディアスポーツ』読売新聞社, 1997年
『プロのためのスポーツマーケティング』電通(韓国の翻訳あり), 1994年

【雑誌】
『「スポーツ文化」とは何の謂いぞ。』「スポーツ博物館&記念館ネットワーク報告書」スポーツ芸術協会刊, 2004年3月
『「スポーツマンシップ」を考える』「スポーツジャーナル(5/6月号)」(財)日本体育協会, 2003年
『スポーツイベントというビジネス』「Right Now!」創刊号, 2003年6月
『スポーツという“産業"の将来』「収支決算!ワールドカップ」別冊宝島Real, 2002年11月2日
『「サッカービジネス」この30年の興亡』「フォーサイト」新潮社, 2002年6月号
『W杯とメディア』アエラムック「ワールドカップがわかる」朝日新聞社
『スポーツジャーナリズムにおける評論のアカウンタビリティー』季刊サッカー批評, 1998年5月
『ユニバーサルアクセス権が問う。21世紀のスポーツ哲学』「ザ・ラグビー」毎日ムック, 1998.3 『巨大な世界商品としてのW杯』論座, 1997年11月
『衛星有料放送の台頭で揺らぐスポーツのユニバーサル・アクセス権 』月刊ニューメディア, 1997年7月号
『スポーツの公共性、崩壊の危機』「体育科教育」大修館書店, 1997年6月号
『世界巨大メディア戦争の行き付く先』サピオ, 1997年2月25日
『W杯放送権料が高騰』日経トレンディ, 1997年2月号
号新聞社『スポーツとどう関わるか』広告月報, 1996年9月号
『2002年ワールドカップ日本招致、その意味を考える』月刊ニューメディア, 1996年5-7月

【新聞】
『過ビジネス化したスポーツ』朝日新聞, 2002年4月11日
『2002静岡への道』静岡新聞(水曜夕刊連載), 1999年8月-2000年3月
『ふりいはんど』読売新聞, 1998年5-11月(月1回連載)

【教科書】
『スポーツ産業論入門』(一部)杏林書院, 2003年

【論文】
『スポーツ産業とロール・モデル』「21世紀と体育・スポーツ科学の発展」杏林書院, 2000年
『スポーツのソーシャル・パフォーマンス』「スポーツ産業学研究Vol.9」, 1999年

【その他】
『みるスポーツの振興』(一部)文部省競技スポーツ研究会編