「第9回地域クラスター・セミナー」議事概要

  • 日時 / 場所:
    2004年4月23日(金)18:00-20:00 / 独立行政法人経済産業研究所セミナー室1121
    テーマ:
    a.「地域開発におけるイノベーション政策の役割―フィンランドの事例」(サールニヴァーラ氏)
    b.「地域競争力の開発におけるテクノポリス社の経験―オウル市とヘルシンキ・ヴァンター空港地域の例」(ケッツラ氏)
    講師:
    a.ベリ・ペッカ・サールニヴァーラ氏(フィンランド技術庁(TEKES)理事長)
    b.テッポ・ケッツラ氏(テクノポリス社プログラム・ディレクター)
    講演概要:
    a.地域がもつ活気(バイタリティー)とは、その地域内にある企業が国際市場でどれだけ成功を収めているかによるところが大きい。小さな国家が支援できる国際競争力のある中核的研究拠点は限られた数でしかない。もしネットワーク形成を通じて、必要な知識および技術にアクセスすることさえ可能となれば、個別企業はそれらの拠点の範囲を超えて繁栄を享受することが出来る。
    首都ヘルシンキを囲むフィンランド圏は、国際的にも最高レベルを誇る6大知識基盤型成長拠点(knowledge-based growth centres)の1つに挙げられる。この広域ヘルシンキならびに他地域に存在する有力成長拠点において知識および技術はさらに強化される必要がある。これらの有数な成長拠点に加え、フィンランドにはいくつかの特殊知識・特殊技術を基盤とする成長拠点が存在する。これらも又強化されるべき対象である。従って、知識および技術を多角化するためにも、全ての成長拠点が地域的な境界線に阻まれることなくネットワークで結ばれることが絶対不可欠となる。
    成長拠点は国全体に経済成長と福祉をもたらす上で欠くことの出来ない存在である。それらの強固な知識基盤と技術革新活動をうまく活用することで、成長拠点は自らの内外や他拠点の企業の役に立てるようになる。大学、フィンランド技術研究センター(VTT)は異なる地域に役立つ専門知識の国内ネットワークを形成する。技術専門学校や技術センターは知識や専門技術の重要な橋渡し役(媒介)である。これらの機関は企業や公的機関に地域的にも全国的にも役立つものである。知識というものは企業、大学、研究機関、技術専門学校そして技術移転に精通した専門機関との密なる連携の下でつくられ提供されるべきである。
    b.参加企業数によって欧州最大の技術センターと目されるテクノポリス社は、同社の立地地域における地域開発の際の積極的なカウンターパートとして存在し続けてきた。その発展を通して、テクノポリス社は新たな地域においても自社が培ってきた既存テスト・モデルやプロセスを活用し、地域内企業と周辺地域のいずれにとっても競争力の高い地域環境を生み出すことに成功してきた。「オウル・モデル」が試行され、国際的にも認知されるとともに、ヘルシンキ・ヴァンター空港技術センターのような新設ベンチャー企業がオウル・テスト・モデルの再創造(recreate)に取り組んでいる。本報告はオウルの発展を紹介するとともに、新たに形成された地域環境の主要な特徴についても論じる。
    主催:
    研究・技術計画学会地域科学技術政策分科会(東京地区)
    文部科学省科学技術政策研究所
    独立行政法人経済産業研究所
    出席者数:
    79名(日本側参加者73名、海外アタッシェ6名)

[開会の辞]

斎藤尚樹(文部科学省科学技術政策研究所第3調査研究グループ総括上席研究官)

  • 司会進行役として新年度第1回目の今回、海外事例の紹介としてフィンランドの地域クラスターに関する先進事例を取り上げることの説明を行い、本日の講演者である、フィンランド技術庁(TEKES)理事長のベリ・ペッカ・サールニヴァーラ氏およびテクノポリス社プログラム・ディレクターのテッポ・ケッツラ氏を紹介した。また、本年度から、原山優子氏は経済産業研究所ファカルティフェローとしてではなく、研究・技術計画学会の代表として本セミナーに関わることとし、同学会地域科学技術分科会東京地区の幹事はこれまでの児玉氏から原山氏に交替することとなったこと、児玉氏は経済産業研究所の担当フェローとして引き続き本セミナーの幹事の一員を務めることをアナウンスした。

[講演 (18:00~19:30)]

  • 企業の国際競争力の強化が地域経済の発展にも大きく寄与するという観点から、フィンランドは産業知識と技術の集積・成長拠点を各地域に立ち上げ、これらの拠点を中心としたネットワーキングを通じて高度な知識と技術の共有を図り、企業の育成および支援に力を入れている。このネットワーキングは各地の大学、研究機関、技術専門学校および企業をカバーし、フィンランドにおいて全国的な規模で組成されており、遠隔地に立地する企業体でも情報を利用する事を可能にしている。一番目の講師であるサールニヴァーラTEKES理事長により、R&Dへの投資が企業の競争力強化ひいては経済発展のために非常に重要であることが強調され、R&D投資額が多い地域では実際に地域の経済力が増大したという実例が紹介された。続いて、80年代後半に設立されたR&D投資を目的としたTEKESのパブリック・セクターとしての性格および位置付けの説明がなされた。TEKESの実績については、2003年度の融資総額は4億ユーロ弱、件数は約2000件であり、投資先は大学機関のみならず、企業への融資が多くなっている。また、投資した技術分野については情報・コミュニケーション関連技術関連が突出しているが、バイオ・テクノロジー等、他の分野にも広範に渡っている。
    次にケッツラ氏により、テクノポリス社の業務概要が紹介された。同社は1982年設立のフィンランド最大の技術センターであり、600社以上の顧客を持ち、8000人を超える従業員を雇用しており、ヘルシンキ証券取引所に上場している。同社の主業務は他企業への業務支援サービスであり、中小企業、特に極小規模のスタートアップ企業および起業家を側面からサポートすることであるが、ノキア社などの大企業のサポートをするケースもある。同社はフィンランド中部に位置するオウル市に設立され、「オウル・モデル」呼ばれる独自のビジネス・モデルを培ってきており、同国の他地域でもそのモデルを応用してきている。その代表的な応用例として、ハイテク産業の集中地であり、首都ヘルシンキ近郊で国際空港にも近いという立地を活用したヴァンター空港技術センターの概要が紹介された。

[質疑応答 (19:30~20:10)]

モデレータ:原山優子(地域科学技術分科会東京地区幹事/東北大学工学研究科教授)

Q1:
  • ノキア社とオウル市のクラスター企業との関係について、具体的には、新製品開発にあたって、ノキア社とオウルのハイテク・スタートアップ企業等との間でどのような分業があったかお伺いしたい。また、オウル・モデルとは何を指しているのかについてもお伺いしたい。
A1:
  • 最初の質問はインキュベーション段階におけるノキアの役割は何かということだと思うが、ノキアはインキュベーション・モデルあるいはインキュベーション段階には投資しておらず、むしろ自社の競争優位を確保する面に力を入れており、その意味で作業の分担がされているといえる。インキュベーション、開発プログラムの推進、あるいは行政面での作業を円滑に進めるといった業務はすべてテクノポリス社が担当している。ノキアは自社のプロジェクトに関してはそのような側面も行っているが、競争優位を得るのに直接関係のない業務はそのような業務を専門とするセンターが担当することによって、企業は本来の自社のビジネスに専念できるという考え方である。そういった意味で分業体制はできている。
  • オウルモデルのご質問に関しては、オウルのフィンランド技術研究センター(VTT)は、地域企業に対してさまざまなプログラムを進めたり、クラスター間のフォーラムを主催するなどの役割を果たしていることが重要ではないかと思う。また、ノキアのような大企業には必要はないが、中小の企業に資金調達先を紹介することも行っている。このような業務をセンターが引き受けることによって、企業は本来のビジネスに専念することができる。また、中小企業は、センターから必要な追加的情報を得ることができ、センターが地元の利益団体との窓口や交渉の役割を果たすこともある。資金提供者と企業に、相互の情報を提供することができ、また、どういったイニシアティブを進めたらよいかという提案をすることもある。また海外からのプレーヤーを投入したり、国際的な事業展開の時期や海外企業との接触などについてアドバイスしたりするなどのコンサルタント的役割も果たしている。
Q2:
  • 1993年頃にフィンランドでは経済危機があったと聞いているが、その時に体制が変わったのか。産業政策と技術政策との関係が変わったのか。また、テクノポリス「Plc」は日本語では「会社」と翻訳されているが、利益の追求も目的としているのか、それとも、公的な非利益団体なのか。
A2-1:ベリ・ペッカ・サールニヴァーラ氏 フィンランド技術庁(TEKES)理事長(以下、「サールニヴァーラ理事長」)
  • フィンランドでは90年代初めに非常に厳しい景気後退がおこり、GDPが10%程度も減少した。これには2つの主要な理由があった。1つはフィンランドの経済バブルの崩壊であり、もう1つはロシアへの輸出が激減したことである。当時、ロシアへの輸出量はフィンランドの総輸出額の3割近くを占めており、輸出から得られる歳入が大きく減少したため、政府は、社会保障費等の支出を削減しなければならないという、厳しい決断を迫られた。それと同時に、政府は景気後退による今後への影響を考慮し、研究開発費に関しては向こう5年間増額することを決定した。この一環として現在のシステムが誕生している。また、ロシアの市場は余り品質に対する要求が厳しくなかったが、その後、企業も輸出品の質を向上させるために、R&Dに力を入れるようになった。
A2-2:ケッツラ氏
  • テクノポリス社は利益を追求している上場企業だが、開発のためのサービスとプログラムという部分は会社のなかでも非営利となっている。通常、郡や市などの地方自治体から発注がくるが、その中で地域開発のためのさまざまな計画とかイニシアティブは非営利でやっている。この部分に関しては利益が出れば地域に還元し、最終的にはゼロサムゲームでプラスマイナスゼロにするようにやっている。
Q3:
  • 前出のQ1について、ノキアとテクノポリス社は分業しているという回答だったが、もう少し説明してほしい。
A3:ケッツラ氏
  • ノキアはテクノポリス社の顧客で、テクノポリス社の敷地内に事務所も生産施設も持っている。これがテクノポリス社の仕事の通常のやり方。既に説明したように、開発のためのサービスとプログラムという部分は非営利でやっている。ノキアには他の企業と同様のサービスを提供していたが、ノキアは大きな顧客でイニシアティブも多かった。オウルの場合、ノキアは多くの利益団体を率いており、主導的な役割をもつ企業であると同時に、非常に強力なメンバーでもあり、一方でノキア独自のイニシアティブも進めている。ノキア側の得られるメリットとしては、地域全体の企業がイニシアティブに参加するので、地域全体に影響力を及ぼすことができる事がある。
Q4:モデレータ
  • 1970年頃からノキアが中心となってクラスターを形成してきたという歴史があるようだが、ドライビング・フォースだったノキアが他の企業と同じ位置づけになったという変容について説明してほしい。
A4:ケッツラ氏
  • ノキアは大企業で多くのポテンシャルがある。時間的な変遷を経ても、実質的には余り変わっていない。90年代初めのフィンランドの景気後退期にもノキアのビジネスは好調であり、ノキアが他のビジネスを主導していくのは当然のことだった。今や、多くの小規模企業が参入してきている。ここで、再び、個人の果たす役割というのを強調しておきたい。ノキアも元は個人のアイデアから始まった企業である。今や、かつて起業家だった人たちが新しい起業家に資金を提供してきており、これから10年後に彼らがどうなるか大変楽しみである。
Q5:
  • 首都ヘルシンキではなく北極圏に近いオウルを中心とした地域で経済発展がおきた理由はなぜか。また、遠隔通信産業に変わる他の中心的産業はあるのか。
A5-1:サールニヴァーラ理事長
  • フィンランド経済の構造変革は非常に急速に進み、変化をもたらしている。この15年位の間に、以前の林業と同じ位重要な、新しい経済の柱となる産業が発展した。競争力のある力強いノキアのような企業が誕生したが、ノキアはオウルだけで発展したのではなく、首都圏のサロという町でも発展してきた。では、なぜオウルのモデルに言及するかというと、オウルのような、伝統産業が衰退していき、経済発展の遅れた地域でも、R&Dやイノベーション等などで、経済回復が可能であるという事を指摘したかったからである。
A5-2:ケッツラ氏
  • フィンランドの立地について言及すると、フィンランド人自身も自国は世界のどこの国からも遠いと思っていたが、グローバル化が進み、実は自分達はアジアとヨーロッパの大きなプレーヤー達の間に位置しているということに気が付いた。アメリカ経由のアジア方面はまだ遠隔地だが、これも今開拓している。グローバル化からいえば、フィンランドが北欧に位置しているということは大きなメリットとなる。たとえばフィンランドから東京や大阪へ行くのは、ヨーロッパの他の諸国から行くよりも、2~3時間短くてすむ。確かに、フィンランドは小さい国ではあるが、これは我々にはどうしようもないことなので。

[閉会の辞]

斎藤総括上席研究官

  • 主催者側から、前回3月のセミナーで配布したアンケートの結果について主なポイントを報告したい。参加者72名の内46名から回答をいただき、回収率は64%だった。「当セミナーが研究あるいは仕事の役にたっているか」という質問に対しては、「参考になる」というポジティブな回答が約6割を占め、「当セミナーの平成16年度の継続を希望するか」という質問に対しては82%が「希望する」と回答していただいた。我々としては、参加者の皆様のこのようなポジティブな反応を踏まえて、今年度も本セミナーを運営していきたい。
  • 次回のセミナーは、2004年5月28日(金)に開催を予定しており、総論的な国内事例として、科学技術政策研究所が実施した「地域イノベーションの成功要因および促進政策に関する調査研究」を紹介したいと思う。

この議事概要は主催者の責任で編集したものである。
なお、質疑応答参加者で要修正箇所を発見した方は、主催者までご連絡願いたい。