中国経済新論:実事求是

景気回復と潜在成長率の低下の同時進行

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、景気回復基調が続いているが、労働力不足に伴う潜在成長率の低下に制約され、そのペースは緩やかなものにとどまっている。

中国国家統計局によると、今年の第1四半期の中国のGDP成長率は前年比7.7%と、昨年の第4四半期の7.9%を下回っている。しかし、閏年に当たる去年の第1四半期は91日あったのに対して、今年は90日しかないことを考えれば、この数字は実際の成長率を幾分過小評価している可能性が高い(注1)。実際、閏年の影響を受けにくい製造業の購買担当者指数(PMI)は、昨年8月の49.2%を底に上昇に転じ、10月以降一貫して景気判断の分かれ目となる50%を超えている。特に、今年3月には50.9%と、昨年4月以来の高い水準に達している。

需要項目別では、2013年第1四半期のGDP成長率の内、4.3%は最終消費、2.3%は資本形成(投資)、1.1%は外需(純輸出)によるものである。これらの数字が示しているように、成長のエンジンは投資から消費に移ってきており、外需も回復に向かっている(図1)。

図1 需要項目別のGDP成長率(実質)への寄与度の推移
図1 需要項目別のGDP成長率(実質)への寄与度の推移
(注)資本形成には在庫の増加(在庫投資)が含まれている。
(出所)CEICデータベースおよび中国国家統計局記者発表(2013/4/15)より作成

まず、消費の面では、新しい指導部が進めている綱紀粛正キャンペーンや倹約令を受けて党や政府機関による高額消費は低迷しているが、農村の消費の伸びが所得の伸びとともに都市部を上回っており、このことは消費全体の下支えとなっている。

一方、外需の面では、世界経済の回復を背景に、2013年第1四半期の輸出は前年比18.4%と高い伸びを示している。地域別では、日中関係が冷え込んでいることを反映して対日輸出が低迷しているものの、対新興国が引き続き好調であることに加え、対米国と欧州連合(EU)の輸出も持ち直しつつある(注2)。

景気回復のきっかけは、インフレの沈静化を受けて、昨年年央から政府がマクロ経済政策のスタンスを引き締めから緩和に転換したことである。CPI(前年比の伸び)で見たインフレ率は、今年の第1四半期には2.4%にとどまっているが、景気回復とともに、再び高騰することが懸念されはじめている。しかし、一般的にインフレ率は景気の遅行指標であり、中国の場合、経済成長率との間のタイムラグが3四半期ほどであることを合わせて考えれば、その可能性は低いと思われる。

インフレ率が経済成長率の一致指標ではなく遅行指標であることに鑑み、両者がそれぞれ何らかの基準値と比べて高いか、それとも低いかによって、景気は、①「低成長、低インフレ」の「後退期」、②「高成長、低インフレ」の「回復期」、③「高成長、高インフレ」の「過熱期」、④「低成長、高インフレ」の「スタグフレーション期」という四つの局面に分けることができる。リーマンショック以降(2008年第4四半期~2013年第1四半期まで)の経済成長率の平均値は9.0%、インフレ率の平均値は2.7%である。これらを基準とすれば、今年の第1四半期の中国経済は、昨年の第3四半期と第4四半期に続いて、「低成長、低インフレ」という「後退期」にあった(図2)。今年後半には、成長率とインフレ率はともに緩やかに上昇すると予想されるが、いずれも基準値に届かず、「後退期」は続くだろう(注3)。

図2 リーマンショック以降の中国における景気の諸局面
図2 リーマンショック以降の中国における景気の諸局面
(注)①は低成長・低インフレ、②は高成長・低インフレ、③は高成長・高インフレ、④は低成長・高インフレ
(出所)CEICデータベースより作成

中国の成長率がこれまでと比べて低水準にとどまっていることは、単に景気循環という短期的要因だけでなく、労働市場の変化に伴う潜在成長率が低下しているという長期的要因をも反映している。具体的に、1980年に導入された一人っ子政策のツケが回ってくるという形で、中国の生産年齢人口(15歳~59歳)は昨年初めて減少に転じた。また、これまで農村部が抱えていた余剰労働力も、ほぼ解消され、発展の過程における完全雇用の達成を意味する「ルイス転換点」はすでに到来している。これを背景に、成長率が従来と比べて大幅に低下しているにもかかわらず、都市部の求人倍率は上昇し続け、今年の第1四半期には、史上最高の1.10倍に達している(図3)。

図3 成長率が低下しても高水準を維持する都市部の求人倍率
図3 成長率が低下しても高水準を維持する都市部の求人倍率
(注)中国の都市部の求人倍率は、約100都市の公共就業サービス機構に登録されている求人数/求職者数によって計算される。
(出所)中国国家統計局、人力資源・社会保障部より作成

このように、労働力の供給に制約され、中国経済は高成長から中成長の段階に移ってきている。それに伴って、政府は成長率の低下による雇用の悪化をそれほど心配しなくて済むようになったが、その一方で、景気が完全に回復しても成長率はもはやこれまでの高水準には戻らないだろう。

2013年5月8日掲載

脚注
  1. ^ 一日当たりで計算すると、第1四半期の成長率は8.9%に達している。具体的に、昨年の第1四半期のGDPが100とすれば、今年の第1四半期のGDPは107.7となる。前者の一日当たりGDPは100/91=1.099、後者の一日当たりGDPは107.7/90=1.197である。よって、一日当たりGDPの伸び率は、8.9%となる。なお、GDPに限らず、工業生産など、他のフローベースで測られる指標も、この閏年の影響を受けている。
  2. ^ 円安の進行を受けて、中国の輸出が日本製品に代替される形で失速するのではないかと懸念されているが、日中両国の輸出構造(商品別構成)が大きく異なることから、マイナスの影響は極めて限定的であると見られる。
  3. ^ 中国政府は2013年の目標として、「成長率が7.5%、インフレ率が3.5%以内」を掲げているが、これらを基準にすれば、中国経済はすでに「高成長、低インフレ」という「回復期」に入っている。
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2013年5月8日掲載