中国経済新論:実事求是

「管理変動相場制」は如何にして管理されているか

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

依然として厳しく管理されている人民元相場

中国は、金融政策の独立性の向上と米国との貿易摩擦の緩和を目指して、人民元改革に取り組んできた。まず2005年7月に人民元の対ドルレートを2.1%切り上げた上、実質上のドルペッグ(ドル連動制)から「管理変動相場制」に移行した。2008年9月のリーマン・ショック辺りから、緊急避難的措置として一時的に事実上ドルペッグ制に戻ったが、2010年6月に再び「管理変動相場制」に復帰し、今日に至っている(図1)。

図1 人民元の対ドルレートの推移
図1 人民元の対ドルレートの推移
(出所)中国国家外匯管理局より作成

しかし、人民元の上昇ペースを抑えるために、「管理変動相場制」に移行してからも、当局は日々ドル買い・人民元売りの介入を繰り返している。これを反映して、中国では外貨準備が増え続け、2011年年末には3兆1,811億ドルになった。為替介入に伴う流動性の拡大は、インフレ圧力の上昇につながっており、それを防ぐために、介入による為替レートの管理を控え、人民元の上昇の加速を容認しなければならない。

一方、近年、米国は、巨額に上る対中貿易赤字を抱えるようになり、その原因を中国による「不当な為替操作」に求めている。米財務省は、2011年12月に議会に提出した「主要貿易相手国の為替政策に関する報告書」において、米中関係の悪化や金融市場などへの影響を考慮して中国を「為替操作国」と認定することこそ見送ったものの、人民元の上昇が不十分だとした上で、柔軟性の一層の向上を求めている。

BBC方式に基づく「管理変動相場制」

2005年7月に導入され、一時の中断を経て、2010年6月再び実施されるようになった「管理変動相場制」は、変動幅(Band)、通貨バスケット(Basket)、クローリング(Crawling、ある方向性を持って為替レートを微調整していくこと)に基づくBBC方式に当たる。

この制度の下では、当局は、毎日、取引が始まる前に基準となる中間レートを発表し、一日当たりの変動幅をその上下の一定範囲内に制限する。当初、変動幅は、中間レートの上下0.3%に設定されたが、2007年5月21日から上下0.5%に拡大された。そして、人民元レートがこの制限された範囲内に収まるように、日々当局は市場介入を繰り返している。

また、通貨バスケットについては、当局は、対ドル安定に為替政策の軸を置きながらも、他の主要貿易相手国の通貨の対ドル変動も考慮し、人民元レート(中間レート)を調整する。これを通じて、人民元の実効為替レートの安定を図る。構成通貨のウェイトは公表されていないが、人民元とドル以外の主要通貨との連動性が極めて薄いことから判断して、ドルが依然としてウェイトの大半を占めていると見られる(図2)。

図2 元・ユーロ・円の対ドルレートの推移(2010年6月21日以降)
図2 元・ユーロ・円の対ドルレートの推移(2010年6月21日以降)
(出所)中国国家外匯管理局とブルーム・バーグより作成

さらに、クローリングのペースについては、2005年7月にドルペッグから「管理変動相場制」に移行して以来、人民元(中間レート)はドルに対して31.1%上昇しているが、ドルペッグに戻った約2年間を別にしても、上昇のペースは時期によって大きく異なる。それは、市場における需要と供給の変化よりも、政府が経済情勢に合わせて、為替レートを調整していることを反映していると思われる。

物価を安定化させる手段として活かされる為替政策

当局は、人民元の中間レート、ひいてはクローリングのペースを決める際、物価情勢を最も重視していると見られる。具体的に、インフレ率の上昇に対して、人民元の対ドル上昇を加速させる一方で、インフレの鈍化に合わせて、人民元の対ドル上昇のペースを抑えるのである()。

為替レートを変動させることを通じて物価を安定化させるという当局の意図を反映して、2005年7月以降の人民元の対ドル上昇率とCPIの上昇率で見たインフレ率(いずれも前年比)の推移を比較してみると、市場原理に反して、インフレ率が高いほど人民元の対ドル上昇のペースも速いという強い傾向が見られる(図3)。

図3 インフレ率と連動する人民元の対ドル上昇率
図3 インフレ率と連動する人民元の対ドル上昇率
(注)人民元の対ドルレートは月中平均
(出所)中国国家統計局、中国国家外匯管理局より作成

中国におけるインフレ率は、2011年7月の6.5%をピークに低下傾向に転じており、12月には4.1%となった。それに合わせて、人民元の対ドル上昇率(前年比、月中平均)も8月の5.9%をピークに、12月には5.1%に低下してきている。当面インフレの低下が見込まれることから、人民元の対ドル上昇のペースはさらに鈍ってくると予想される。

人民元改革の今後の見通し

このように、現行の「管理変動相場制」の下では、当局が為替レートの決定に極めて強い影響力を持っており、人民元相場は、市場での需給関係の変化を反映して「変動」するというよりも、当局によって「管理」されるという側面が依然として強い。当局はさらなる為替レートの柔軟化を目指しているが、その次のステップについて、中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁は、2012年1月9日に放送された中国中央テレビのインタビューにおいて、「為替取引レート変動幅を一段と拡大しても構わない」と述べ、1日当たり上下0.5%までに制限されている人民元相場の変動幅を拡大することを示唆している。

しかし、変動幅が広げられることは、必ずしも人民元レートがより市場での需給関係を反映するものになることを意味しない。なぜならば、当局は、毎日の中間レートを発表し、また介入し続ければ、従来通り、為替レートの水準とクローリングのペースを自分の政策目標に合わせて決めることができるからである。本格的な変動制に移行していくためには、中間レートの発表を中止し、また為替介入を控える形で「管理」を緩めなければならないが、現時点ではそれに向けたロードマップがまだ示されておらず、その実現は中長期の課題となろう。

2012年1月31日掲載

脚注
  • ^ 人民元の変動は次のルートを通じて、物価に影響を与える。まず、中国の輸入の大半がドルをはじめとする外貨建てになっており、人民元が強く(弱く)なれば、直接に輸入物価の低下(上昇)をもたらす。また、当局が人民元の上昇を容認すれば(人民元の上昇を抑えようとすれば)、そうでない場合と比べて外為市場への介入規模が小さく(大きく)なるため、それに伴うベースマネー、ひいては流動性の拡大が減速(加速)することになる。
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2012年1月31日掲載