中国経済新論:実事求是

経済発展パターンの転換を目指す中国

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

(『あらたにす』新聞案内人 2011年12月9日掲載)

中国では、経済の「量的拡大」とともに、「質の向上」を実現すべく、「経済発展パターンの転換」が第12次五カ年計画(2011~2015年)において、最重要課題と位置づけられている。ここでいう「経済発展パターンの転換」とは、「需要構造の面における投資と輸出から消費へ」、「産業構造の面における工業からサービス業へ」、そして「生産様式の面における投入量の拡大から生産性の上昇へ」という「三つの転換」を指す。中国は、1970年代末に改革開放に転換してから、多くの構造問題を抱えながらも、年平均10%近い高成長を遂げてきた。経済発展パターンの転換を急ぐようになった背景には、労働力不足や、高齢化社会の到来、海外市場の低迷と貿易摩擦の激化、資源・環境問題の深刻化など、中国が直面している内外環境の変化がある。

消費拡大――需要構造の転換

中国が目指す一番目の「経済発展パターンの転換」は、需要構造の面において、主として投資、輸出によって牽引される成長から、消費が牽引役に加わった成長へシフトしていくことである。

リーマン・ショック以降の世界的金融危機を受けて、中国でも輸出が大幅に落ち込み、その結果、景気減速を余儀なくされた。対米輸出が従来のように伸びることが期待できない以上、中国が成長を持続するためには、輸出市場の分散化とともに内需拡大を図らなければならない。これは、対米貿易の黒字の削減、ひいては貿易摩擦の解消にも寄与するだろう。内需は投資と消費からなるが、2010年の中国の投資比率(資本形成の対GDP比)が48.6%という高い水準に達している一方で、民間消費の対GDP比は33.8%と、世界的に見て極めて低水準にとどまっている。これ以上投資比率を上げると投資効率の低下が避けられないことから、内需拡大を実現するためには消費の拡大に頼らなければならないが、所得分配の改善は、そのカギとなる。

サービス業重視――産業構造の転換

中国が目指す二番目の「経済発展パターンの転換」は、産業構造の面において、主として第2次産業(工業)によって牽引される成長から、第1次産業(農業)、第2次産業、第3次産業(サービス業)の間でよりバランスの取れた成長へシフトしていくことである。

急速な工業化は、資源の大量消費や環境悪化と貿易摩擦をもたらしている。多くの国が経験しているように、経済発展とともに産業の中心が第1次産業から第2次産業、そして第3次産業にシフトしていくが、中国のGDPに占める第2次産業のシェアは2010年に46.8%に達しており、先進国だけでなく、同じ発展段階にある新興国と比べても極めて高い。中国はすでに世界最大のエネルギー消費国かつ最大の二酸化炭素排出国となっており、産業の中心が工業からサービス業に移っていくことは、省エネと環境の改善に寄与するだろう。また、工業製品の輸出拡大は中国の経済成長を支える反面、貿易黒字の拡大を通じて諸外国との摩擦を激化させている。これに対して、サービス部門の発展は、新たな国内需要の創出を通じて、成長のエンジンの外需から内需への転換、ひいては貿易摩擦の緩和に役立つ。

生産性向上――生産様式の転換

中国が目指す三番目の「経済発展パターンの転換」は、生産様式の面において、主として労働力、資本、資源といった「投入の量的拡大」に頼る「粗放型」から、「生産性の上昇」に頼る「集約型」へシフトしていくことである。

中国経済が発展し巨大化するにつれて、資源・環境に加え、労働力不足による成長への制約も顕在化してきた。特に、沿海地域における出稼ぎ労働者の供給がタイトになってきたことに象徴されるように、これまで過剰であった労働力は不足の段階を迎えている。その上、人口の高齢化が迫っていることを背景に、これまでの高投資を支えてきた高い貯蓄率が低下すると予想される。概念的に、GDP成長率は、労働力と資本投入の拡大による寄与度、及び(全要素)生産性の上昇率(=寄与度)の合計に当たる。中国では今後、労働力と資本投入の寄与度が低下せざるを得ない以上、高成長を持続させるためには、生産性の上昇率を高めていかなければならない。資源を生産性の低い部門から生産性のより高い部門に移していくことを通じて、産業の高度化を進めていくことは、生産様式の面における発展パターンの転換を実現するカギとなる。

日本にとっての機会と挑戦

中国における「経済発展パターンの転換」は日本経済に多くの機会と挑戦をもたらしている。

まず、中国における消費を中心とする内需の拡大は、日系企業にとっては対中輸出や中国での販売の拡大につながるだろう。現に、日本の対外経済関係の重心は着実に米国から中国にシフトしており、2009年に戦後初めて、中国は米国に取って代わって日本の最大の輸出先になった。その上、中国における内需拡大を反映して、日本企業の中国(香港を含む)での現地生産に占める現地販売のシェアは2002年の35.1%から2010年には63.4%に上昇している(経済産業省「海外現地法人四半期調査」)。このように、日本企業にとって、中国は工場としてだけでなく、市場としての重要性も増している。

また、これまで、日本企業の対中投資は、製造業が中心だったが、中国経済の中心が第2次産業から第3次産業に移っていることに合わせて、サービス業のウエートが高まっている。特に、中国は、現代的サービス業において、最先端の技術や経営ノウハウを吸収するために、外国企業と積極的に提携を強める必要がある。外資の参入に対する規制緩和も加わり、日本企業にとって、金融、物流、通信といった分野において、中国で活躍できる機会は増えるだろう。

さらに、中国における産業の高度化の進展に合わせて、日本企業は、対外直接投資を行う際、付加価値の低い製品の生産を中国から、より労働コストの安い東南アジアの国々に移転する一方で、付加価値の高い製品の中国での生産拡大を目指すようになった。これは、東南アジアの国々や、インドなどの新興国にとって、直接投資の流入をテコに工業化を加速させる好機としてとらえることができる。しかし、その一方で、日本における空洞化の懸念はますます高まってくるだろう。それを避けるために、日本も、中国と同様に、新しい成長分野を開拓し、産業の高度化を進めていかなければならない。

2011年12月13日掲載

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