中国経済新論:実事求是

ジャパン+1=対中投資ブーム

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

(『あらたにす』新聞案内人 2011年6月21日掲載)

今回の東日本大震災とそれに伴う津波と原発事故は、東北地域を中心に、インフラや工場に大きな損害を与えた。これを受けて、一部の部品メーカーが操業停止または廃業に追い込まれ、自動車や電子産業などで、サプライチェーンが寸断される現象が起こった。その影響は国内にとどまらず、「世界の工場」となった中国をはじめ、海外にも及んでいる。

長期的には中国経済に追い風

中国にとって、日本は最大の輸入相手国であり、特に部品と素材において、日本に大きく依存している。東日本大震災を受けて、4月の日本の対中輸出は前年比6.8%減り、そのうち原料別製品は同-10.9%、電機機械は同-11.0%、輸送用機械は同-40.5%と大幅に落ち込んだ(いずれも円ベース、日本の通関統計による)。その結果、中国においても、日系企業を中心に、一部の企業は減産を余儀なくされた。

トヨタ自動車が4月21日から約1ヵ月半にわたって中国の工場での完成車の生産台数を通常時の30%~50%程度とする生産調整を実施したことに象徴されるように、なかでも自動車産業への影響は深刻である。中国では新車購入補助が昨年末に打ち切られたことや、ガソリン価格の高騰も加わり、5月の新車販売台数は前年比4.0%低下し、2ヵ月連続して前年の水準を下回った。そのうち、日系のトヨタとホンダの販売台数はそれぞれ前年比35%減と32%減と、大きく落ち込んだ。

このように中国は短期的に今回の日本の震災によるサプライチェーンの寸断の悪影響を受けている。ところが、中長期的には逆にその恩恵を受ける可能性が大きい。なぜなら、震災をきっかけに、日本企業はリスク分散のために工場の海外移転を加速させようとしており、中国は最有力の投資先として浮上しているからである。

「チャイナ+1」を見直し

これまで、多くの日本企業は、不安定な日中関係を懸念し、中国ビジネスに取り組む際、リスクの分散化と低減を図るために、中国への投資を行いつつもあえて集中させず、平行して他の国へも一定規模の投資を行う「チャイナ・プラス・ワン」という戦略を採ってきた。

しかし、今回の震災を機に、生産設備を日本国内に集中することも、中国への集中投資同様、またはそれ以上にリスクがあることが明らかになった。原子力発電所の操業停止に伴う電力不足も加わって、一部の企業は、「ジャパン・プラス・ワン」という戦略を模索し始めている。実際、2011年5月に経済産業省が発表した「東日本大震災後のサプライチェーンの復旧復興及び、空洞化実態緊急アンケート」によると、「今後、震災の直接・間接の影響により、サプライチェーンの海外移転が加速する可能性はあるとお考えになりますか」という質問に対して、69%の企業がサプライチェーン全体、または一部の海外移転が加速する可能性があると答えている。

こうした中で、中国は日本企業が生産を海外に移転する際の最有力候補地として注目されている。製造業に限らず、野村ホールディングスが中国・大連で5月から稼働する事務処理センターについて、災害時にも業務を続けるための代替拠点とする方針を固めた(『日本経済新聞』、2011年4月29日付)ように、中国を軸とする「ジャパン・プラス・ワン」戦略は、金融など、サービス業にも広がっている。

投資先としての魅力と課題

日本企業にとって中国は、多くの課題を抱えながらも、投資先として最有力視されてきた。国際協力銀行が震災の前に行った「わが国製造業企業の海外事業展開の動向-2010年度海外直接投資アンケート結果」では、中国は、中期的(今後3年程度)有望事業展開先国・地域のトップにランクされており、得票率(複数回答)が77.3%と、前年度の73.5%をさらに上回っている。

同調査において、対中投資に伴う課題として、「労働コストの上昇」、「法制の運用が不透明」、「他社との厳しい競争」、「知的所有権の保護が不十分」、「労務問題」などが指摘されている。また、2010年9月に起きた日本の巡視船と中国漁船の衝突事件とそれに伴う日中関係の悪化を踏まえて、回答した企業のうちの43.8%は、中国事業への取り組みは今後も続けるが、他国・地域へのリスク分散が重要であるという認識を示した。

その一方で、中国は、「現地マーケットの今後の成長性」、「現地マーケットの現状規模」、「安価な労働力」、「組み立てメーカーへの供給拠点として」、「安価な部材・原材料」などの点において、評価されている。また、震災を経て、サプライチェーンの復旧とリスクの分散を重視する日本企業にとって、産業の集積が進んでおり、日本から地理的に近いゆえに輸送コストも低い中国は、他の競争相手と比べて魅力がさらに増している。

これまでと違って、日本企業による中国での新しい投資プロジェクトは、ローテクの分野よりも、ハイテクの分野に集中すると予想される。中国は、これを産業の高度化のための絶好のチャンスととらえている。しかし、その一方で、日本にとって産業空洞化の懸念はいっそう高まり、そうならないためには、税制改革などを通じて国内の投資環境を改善していくことが求められている。

2011年6月22日掲載

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