中国経済新論:実事求是

株価の低迷でH株と比べ割安となったA株
― 次の上昇局面はA株主導か ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

2011年1月19日現在、66社の中国企業が本土(上海と深圳)市場でA株として、また香港市場でH株として同時に上場しているが、本土の資本規制によって両市場が分断されているため、両者の価格は必ずしも一致せず、相対価格も常に変動している。2007~2008年に本土市場の株価がバブルの域に達した頃、これらの企業のA株の価格はH株の価格を大幅に上回っていたが、その後、バブルの崩壊を受けて、その差は縮小に転じた。ハンセンAHプレミアム指数が示しているように、2011年に入ってから、A株の平均価格とH株の平均価格が逆転しており、A株はH株に対して割安の水準にある。

資本規制によって分断された本土と香港市場

A株とH株は、前者が人民元建て、後者が香港ドル建てで取引されるという違いはあるが、同じ企業が発行するものであれば、両者の利益配当請求権や議決権といった株主の権利は同じである。もし、香港市場と本土市場の間で資本移動が完全に自由であれば、両市場の間で株価の差が生じた場合、人々は、安いほうで買って高い方で売ることを通じて利鞘を稼ぐことができる。このような「裁定取引」は、両市場での株価が一致するまで続くはずである。

しかし、実際、中国本土ではいまだ厳しい資本規制が敷かれているため、このようなメカニズムが十分に働かない。確かに、外国の投資家はQFII(適格外国機関投資家)制度を経由してA株を購入することができるが、2010年9月末現在、その認可枠は190億ドルにとどまっており、A株市場全体の時価総額の0.5%程度しかない。一方、中国国内の投資家は、QDII(適格国内機関投資家)制度を通じて海外の金融商品を購入することができるが、同制度の運用対象にはH株以外に、他の海外市場の株や債券なども含まれているため、その認可枠(2010年9月現在、669億ドル、H株市場の時価総額の約1割に相当)のうち、実際、H株で運用されるのは一部しかなく、それによるH株市場へのインパクトは限られている。

両市場間の裁定取引が大きく制約されている中で、同じ企業の株であっても、A株とH株の価格が大きく乖離する現象がよく見られる。2011年1月19日現在、香港と本土市場に同時に上場している中国企業の内、45社の株価はA株がH株より高くなっており、残りの21社はA株の価格がH株を下回っている(図1)。相対価格の最も高い、南京熊猫電子のA株の価格はH株の3.9倍に達している一方で、最も安い中国平安保険のA株の価格はH株の71.9%にとどまっている。

図1 A株のH株に対する相対価格(2011年1月19日現在)
図1 A株のH株に対する相対価格(2011年1月19日現在)
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(注)A株は人民元建て、H株は香港ドル建てで取引されているため、相対価格の計算はA株とH株の価格を同じ通貨単位に換算した上で行われている。
(出所)Wind資訊より作成

ハンセンAHプレミアム指数の動きに注目

A株のH株に対する相対価格を示す代表的な指標にハンセンAHプレミアム指数(以下、AHプレミアム指数)がある。同指数は、本土と香港市場に同時に上場している主要企業(2011年1月現在、44社)を対象に、それぞれのA株のH株に対する相対価格を加重平均したものである(対象とする企業の流通株の時価総額が大きいほど、ウェイトが高い)。AHプレミアム指数は、A株の価格がH株の価格を上回る(下回る)ときに100を超え(割り)、両者が一致する時には100となる。

AHプレミアム指数は、A株が「適正水準」からどのくらい乖離するかを判断する際に、一つの参考になる。なぜならば、H株市場は、金利や企業収益など、ファンダメンタルズを重視する海外の機関投資家が主体となっているのに対して、A株市場は中国国内の個人投資家が主体となっており、H株市場と比べて投機色が強く、「適正水準」から離れがちだからである。

両市場のこのような特徴を反映して、A株とH株の価格は連動しながらも、H株の価格と比べて、A株の価格は、株価が上昇する局面において上げ幅が大きく(AHプレミアム指数が上昇する)、その一方で、株価が下落する局面では下げ幅も大きい(AHプレミアム指数が低下する)という傾向が見られる(図2)。具体的に、AHプレミアム指数は、2006年以降、A株とH株の価格とともに上昇し、ピーク時の2008年1月に一時200を超えた。しかし、このようなバブルともいうべき状態は長く続かず、その後、AHプレミアム指数は、A株とH株の価格とともに低下傾向に転じ、2010年6月18日に100を割った後、100を挟む展開となっている。

図2 A株とH株の価格と連動するハンセンAHプレミアム指数
図2 A株とH株の価格と連動するハンセンAHプレミアム指数
(注)ハンセンAH株A指数は人民元建て、H指数は香港ドル建て。
(出所)ブルームバーグより作成

もっとも、本土市場におけるAHプレミアム指数が100前後に落ち着いていることは、必ずしも両市場の間における裁定関係が成立するようになったことを意味しない。なぜならば、裁定関係が成立することは、あくまでもAHプレミアム指数が100になることの十分条件であり、その必要条件ではないからである。例えば、一部の企業のA株の価格が大きくH株を上回る一方で、ほかの企業ではA株の価格がH株の価格を下回れば、平均すると両者の価格差がなくなる場合もある。現在の状況はまさにそれに当たる。実際、すでに見たように、今でも各企業のA株とH株の間には大きな価格差が残っており、両市場の間での裁定関係が成立していないことは明らかである。

本土市場における資本規制が維持される以上、AHプレミアム指数がそのまま100前後という水準に定着することは考えにくい。株価が低迷期にあることを反映して、2011年1月19日現在のAHプレミアム指数の水準(94.8)は、2006年1月以来の平均値(125.6)より24.5%ほど低くなっている。その分だけA株が割安になっていると言える。従来の経験則から判断して、次の株価上昇局面においても、A株の価格はH株を上回るペースで上昇するだろう。

2011年1月31日掲載

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