中国経済新論:実事求是

原油急騰で高まるスタグフレーションのリスク

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

原油価格が2002年頃の1バレル20ドル台から急騰し始め、現在、前年同期の約倍に当たる130ドル台という史上最高値圏で推移している。エネルギーの消費大国になった中国での需要の拡大が原油価格上昇の一因とされる一方で、原油高は逆に中国経済に景気減速とインフレの同時進行というスタグフレーションの圧力をもたらしている。

石油市場のメジャー・プレーヤーとなった中国

急速な工業化とモータリゼーションの進展を背景に、中国におけるエネルギー需要が急速に伸びている。中国は、すでに米国に次ぐ世界第二位のエネルギー消費国になっている。

英石油大手BPの統計によると、中国における一次エネルギーの消費量は、1997年の9.61億(石油換算)トンから2007年には18.63億トンとほぼ倍増しており、世界全体に占めるシェアも10.8%から16.8%に高まっている(表1a、1b)。同じ時期に米国のシェアは24.8%から21.3%に低下しており、中国が米国を抜いて世界一のエネルギー消費国になるのはもはや時間の問題である。実際、1997年から2007年にかけて、世界全体の一次エネルギーの総消費量の増分のうち、約4割は中国によるものである。

表1 主要国の一次エネルギー消費状況(2007年)
a) 消費量

表1 主要国の一次エネルギー消費状況(2007年)a) 消費量
b) 世界に占めるシェア
表1 主要国の一次エネルギー消費状況(2007年)b) 世界に占めるシェア
c) 燃料別構成
表1 主要国の一次エネルギー消費状況(2007年)c) 燃料別構成
(出所)BP, BP Statistical Review of World Energy, June 2008

一次エネルギーの構造を見ると、日米欧といった先進国の場合、石油が中心になっているのに対して、中国の場合、石炭が依然として全体の70%を占めており、石油のシェアは20%程度にとどまっている(表1c)。それでも、2007年に、中国の石油消費量は、3.68億トン(世界の9.3%)と日本の2.29億トン(同5.8%)を大きく上回っている。1997年から2007年にかけて世界の石油総消費量の増分の約三分の一は、中国における需要の拡大によるものである。

中国は、元々石油の純輸出国であったが、国内需要が拡大したことで、1993年には純輸入国に転じ、その後も年々純輸入幅が拡大し続けている。中国の商務部が発表する通関統計によると、2007年には原油と石油製品の輸入は計1.97億トン、輸出を引いた純輸入も1.78億トンに達している(図1)。原油価格の高騰も加わり、2007年の石油貿易の赤字はGDPの2.6%に当たる850億ドルに上っている。世界の石油市場において、中国は日本を抜いて、米国に次ぐ第二位の輸入大国になろうとしている。

図1 中国の石油の輸出入の推移
図1 中国の石油の輸出入の推移
(注)原油と石油製品の合計
(出所)中国統計年鑑各年版より作成

景気の減速に追い打ち

原油価格の上昇は、石油消費の約半分を輸入に頼らざるを得ない中国経済に多くの弊害をもたらす。

まず、原油価格の上昇は中国の交易条件(輸出の輸入に対する相対価格)の悪化、ひいては所得の購買力の低下を意味する。昨年の平均で1バレル70ドルだった原油価格が、その倍に当たる140ドルに上昇すれば、前述の中国の石油貿易赤字も倍になり、純輸入金額がさらに850億ドル(GDPの2.6%)増える計算となる。これは中国から石油輸出国への所得移転に当たり、いずれ企業収益の減少と消費者物価の上昇という形で、国民の負担となる。その上、それによる投資と消費への悪影響も懸念される。

また、原油価格の上昇は、中国(で生産を行っている)企業にとって、生産コストの上昇を意味する。それは、インフレを押し上げる一方で、逆に生産を抑える。特に、運輸や、鉄鋼、化学など、エネルギー多消費型産業の受ける打撃が大きい。

さらに、主要輸出先である先進国も同じような影響を受けるため、原油価格の上昇に伴う世界経済の減速により、中国において輸出が減り、生産がいっそう落ち込むことになる。

中国経済は、インフレの高騰、株式バブルの崩壊、世界経済の減速などを背景に、8月の北京オリンピックの開催を待たずに、すでに調整局面に入りつつある。最近の原油価格の急騰を受けて、インフレの沈静化は見込めず、景気の見通しがますます厳しくなってきている。

2008年6月25日掲載

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