中国経済新論:実事求是

形成されつつある官僚資本階級
― 避けるべきクローニー資本主義への道 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

計画経済から市場経済への移行過程にある中国では、政府による経済資源の配分や企業の経済活動に対する過剰な関与が腐敗の土壌を作り出している。むろん、計画経済期においても、権力がコントロールする資源は少なくなかったが、市場がほとんど存在しなかったため、権力を巨額の現金と交換することはできず、腐敗は便宜をはかってもらうための小額の賄賂にとどまっていた。しかし、市場化が進むにつれ、権力がますます市場取引に浸透し、幹部にとって「公の権力を悪用し、私利を図る」という機会が急速に増えてきた。

特に、「漸進的改革」の下では、計画と市場、国有企業と非国有企業が並存するという二重構造(いわゆる「双軌制」)が、長期間にわたって存在するため、腐敗行為が発生しやすい。例えば、80年代、二重価格制の下で、国有企業が安い計画価格で入手した物資を高い価格で転売する行為が横行した。土地の売買に至っては、このような「裁定取引」はいまだ地方政府の主導で頻繁に行われている。また、90年以降の中小国有企業の民営化という過程において、権力者(経営者)がMBOなどを通じて、非常に安い値段で所有権を入手している。

これまで中国における腐敗の実態については、主に摘発された案件に関する報道として一部が伝えられているが、これらはあくまでも「氷山の一角」に過ぎないと広く認識されている。この「クローニー資本主義」ともいうべき氷山の全貌が、中国当局(国務院研究室、中央共産党学校研究室、中央宣伝部研究室、中国社会科学院といった権威のある機関)による調査で明らかになったとして、香港の『争鳴』誌の今年8月号で取り上げられた。それによれば、中国では、個人資産(海外での資産を除く)が1億元(約15億円)を超える「億万長者」は3220人に上るが、その約9割に当たる2932人は、共産党や政府の高級幹部の子女である。また、金融、対外貿易、国土開発、大型プロジェクト、証券といった政府による規制の強い分野では、企業の主要なポストのほとんどが高級幹部の子女が占めているという。

このように、鄧小平が提唱した「先富論」(一部の人が先に豊かになれ)を進んで実践しているのは、他ならぬ労働階級の先鋒隊たる中国共産党の幹部と、その権力をバックに商売に勤しみ蓄財に励む親族たちである。この親族間の連携体制は、返還後の香港で実施されるようになった「一国両制」(一つの中国に大陸で実施する社会主義制度とは別に資本主義制度を存続させること)をもじって、「一家両制」と揶揄されている。腐敗が中国における「原始資本蓄積」の最も重要な手段となっている中で、権力と癒着する「官僚資本階級」が形成され、所得と富の集中化が急速に進んでいる。

これに対して、中国共産党と政府は80年代からすでに腐敗の撲滅と廉潔な政治をスローガンに掲げ、近年でも宣伝と教育、そして取り締りを強化してきた。しかし、教育や取り締りは「対症療法」にすぎず、根源から断たなければ、腐敗を抑制することは難しい。法治と民主主義体制の下では権力を制約する力が働くが、人治色が強く、一党独裁下の中国では、このような環境はまだ備わっていない。

「クローニー資本主義」への道を回避するためには、体制の改革から着手しなければならない。まず、社会地位の上下と関係なく、すべての人の不正行為に対して法に従って厳しく処罰しなければならないことは言うまでもない。第二に、政府による審査項目を減少させ、審査方法を改善することによって、腐敗のチャンスを減少させなければならない。第三に、ルールを明確にすることによって、国有企業の民営化をはじめとする所有権改革の過程における国有財産の流失を防がなければならない。最後に、「絶対的権力は絶対に腐敗する」という呪縛から逃れるべく、一党独裁を改めて、民主化による権力に対するチェック・アンド・バランスが求められている。

2006年9月22日掲載

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