中国経済新論:実事求是

「全面的な小康社会」への布石となる「第11次五ヵ年規画」

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

「科学的発展観」に基づく「調和の取れた社会」の構築

10月に開催された中国共産党第16期中央委員会第5回全体会議(五中全会)では、「第11次五ヵ年規画に関する党中央の提案」が承認された。今回の「提案」では、2002年秋に開催された第16回党大会で打ち出された、2020年までに「全面的な小康社会」を実現させるという目標に向けての今後5年間にわたる行動指針が提示されている(表)。中でも、「科学的発展観」に基づいて「調和の取れた社会」(「和諧社会」)を構築することが胡錦涛・温家宝政権にとっての最重要課題である。

表 第11次五ヵ年規画の主要目標
表 第11次五ヵ年規画の主要目標

ここでいう科学的発展観とは、「人を主体とした立場(「以人為本」)から社会全体の持続的な均衡発展を目指す」という考え方である。具体的には、(1)都市と農村の発展の調和(農村の発展を重視し、農民問題を解決する)、(2)地域発展の調和(後発地域を支援する)、(3)経済と社会の発展の調和(就業の拡大、社会保障体制や、医療・教育といった公共サービスを充実させる)、(4)人と自然の調和のとれた発展(資源の節約と自然環境の保護を重視する)、(5)国内の発展と対外開放の調和(対外開放を堅持しながら国内市場の発展を加速する)という「5つの調和」から構成される。

「先富」から「共富」へ

第11次五ヵ年規画は、「調和の取れた社会」を前面に打ち出すことで、「先富」から「共富」への転換を目指している。「先富論」とは、鄧小平が提起した「一部の人、一部の地域が先に豊かになることによって、最終的に共に豊かになる」という理論である。それまでの毛沢東時代の絶対平均主義を打破し、国民の意欲をかきたてた。これが80年代以降の中国の急成長を促す原動力となったが、貧富格差の拡大をもたらしてしまった。経済発展の果実を広く国民全体に行き渡らせるために、「提案」では、雇用創出、地域格差の是正、三農問題の解決とともに、社会保障制度、医療、失業、労災といったセーフティネットの構築が盛り込まれている。中でも、「新農村」を建設するために、財政投入を増やして、インフラ建設や教育をはじめとする公共サービスの充実化が強調されている。

経済の安定・高度成長の維持

共富とともに、「提案」では高成長の持続も重視され、2010年までに一人当たりGDPを2000年の二倍にすることが目標となっている。GDPが物価の上昇を除いた実質ベースで計られると解釈すれば、この目標を達成するためには、一人当たりGDPは年率7.2%で伸びなければならない。中国の人口が年率0.7%で増えていることを考慮すれば、成長率の目標は約8%になる。2020年までの20年間にGDPの四倍増(年率7.2%の実質経済成長率を意味する)を目指すという従来の目標と比べて、上方修正されることになるが、2001年から2004年の平均成長率は8.8%、今年も9%台が確実であることを考えれば、今後の5年間の成長率が従来想定していた7.2%でも、目標を十分達成できることになる。日本の一部のマスコミでは、中国は第11次五ヵ年規画に9%以上の成長率目標を盛り込むのではないかという観測があったが、今回の発表によりこれは完全に否定されることになった。

「粗放型」から「集約型」への成長モデルの転換

高成長を持続させるためには、中国はこれまでの投入量の拡大による「粗放型」成長から、生産性の上昇による「集約型」成長に転換しなければならない。特に、中国は世界の人口の22%を占める大国であるため、もっぱら投入量の拡大を頼りに成長を遂げようとすると、限られた資源の確保において諸外国と競合しなければならないことになる。これは国際市場において、一次産品価格の高騰を招き、中国製品の国際競争力の低下につながりかねない。粗放型成長から集約型成長への転換は、すでに第9次と第10次五ヵ年計画に目標として盛り込まれていたが、振り返ってみると、大きな成果を上げるには至らなかった。今回は、「科学的発展観」に従って、自主開発能力の向上と循環経済の推進によるエネルギー・環境問題への取り組みが優先課題として挙げられている。特に、単位GDP当たりのエネルギー消費を規画の対象となる5年間で20%前後引き下げるという目標が明記されている。

市場経済に相応しい政府の役割転換

五ヵ年規画の目標を達成するためには、単に政府の意志だけでなく、改革を深化させることを通じて、公平と成長を促進する制度作りが欠かせない。特に、市場経済化が進む中で、政府の役割が見直しを迫られている。具体的には、公共財・サービスの提供(医療、教育に加え、市場秩序の維持、所有権の保護)や、マクロ経済の安定化、社会保障など所得の再分配機能を強化する一方、腐敗の温床となっている政府による市場への過剰な介入を控えなければならない。これまで50年余りにわたり使われてきた「計画」という文言が今回「規画」に改められたが、これも市場経済に見合った政府の役割の転換という流れに沿ったものである。

五ヵ年規画(計画)とは

中国は1953年から五ヵ年計画を実施し始め、今回(2006-2010年)は第11次に当たる。以前の五ヵ年計画では、政府は自ら資源配分を行っており、生産品目や生産量に対して細かい指令を出していたが、市場経済化が進む中で、今回「計画」が「規画」に改められた。これに伴い、数量化の指標が大幅に減らされ、重点が国民経済と社会発展に関する戦略的な方針、任務および対策などのマクロ的調整の政策に置かれるようになった。

2005年10月24日掲載

2005年10月24日掲載