中国経済新論:実事求是

収まらない反日感情で高まる対中投資のリスク
― 日中関係における経済と政治の好循環を目指して ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

去年、西安市の西北大学で日本人留学生のひわいな寸劇に中国人学生が怒って抗議活動が広がったのに続き、去る8月上旬に中国で行われたサッカーのアジアカップにおいて、一部の観客が反日行動へと暴走した。繰り返されるこのような厄介な事件は、すでに小泉首相の靖国神社参拝で冷え切った日中関係に水をさしただけでなく、日本企業が中国に進出する際に伴うリスクを改めて気づかせるきっかけとなった。

反日感情を背景として、日本企業の対中ビジネスを巡ってもトラブルが続発している。2001年には日本航空が中国人旅行客を「差別的」に扱ったとして訴えられ、また、2003年12月に、「ランドクルーザー」、「プラド」の広告が「中国を侮辱した」とトヨタが痛烈な非難を浴びた。このように、日本企業が中国においてビジネスを展開するに当たっては、日本の中国侵略という「原罪」を背負いながら、中国企業のみならず、欧米企業とも戦わなければならない。とくに、人事や販売・営業などの面において不利な立場に立たされているのは否めない。

まず、人事の面では、日本企業は国内では終身雇用を維持しているというイメージをもたれているゆえに、中国で従業員を解雇することになると、「中国人を差別している」と批判されかねない。そのため、日本企業が中国に進出する際、従業員のリストラを前提にする既存の国有企業の買収には消極的である。その上、日本企業は人事の現地化が遅れ、従業員の待遇も平等主義になっていることから、就職先としてもともと不評になっているが、反日感情を加えることになると、優秀な人材を集めることはますます難しくなるだろう。現に、中国における「就職先としての人気企業」というアンケート調査(英才網)の今年の結果では、日本企業の人気度が欧米と比べて低いだけでなく、その順位も昨年と比べて軒並み落ちている(表)。

一方、日本企業は営業活動を行う上でも厳しい立場に置かれている。例えば、先日中国の鉄道高速化プロジェクトの入札で川崎重工などの日本企業と提携した企業が一部を落札したが、日本の新幹線技術を導入するに当たって不満の声が上がったこともあり、全線の建設を受注することはできなかった。その他、製造物責任問題においても、中国は欧米企業よりも日本企業に対して厳しい態度を取りがちである。2000年に東芝がノートパソコンの欠陥への対応を巡って中国の消費者から猛反発を受け、また2001年には三菱自動車がパジェロの欠陥への対応が遅れ、一時は輸入禁止措置が採られたという事件はまだ記憶に新しい。

現在の日中関係は、「政冷経熱」という不均衡状態にある。確かに、マルクスが主張しているように、最終的には経済基礎が政治という上部構造を変化させることになっており、経済関係が深まれば、政治関係も改善されるだろう(拡大均衡シナリオ)。しかし、短期的には、むしろ冷え込んだ政治関係が経済関係に水を差す可能性が大きい(縮小均衡シナリオ)。現に両国の間に、東シナ海の天然のガス田の探索と開発や、ロシアからの石油パイプラインの敷設ルートを巡って、摩擦が起こっている。政府間の協力に留まらず、反日感情が高まる中で、日系企業も中国ビジネスに伴うリスクが高く、それに見合う収益を得られないという判断になれば、対中進出を控えることとなろう。いかに縮小均衡を回避し、拡大均衡を実現するか、個別企業の努力を超えて、両国のリーダーの知恵が試されている。

表 中国における就職先としての人気企業(2004年)
表 中国における就職先としての人気企業(2004年)
(注)2003年アンケート調査で外資系31位であったトヨタは2004年にはランク落ち

2004年9月8日掲載

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