中国経済新論:実事求是

北米の四分の一に留まる中国市場の規模
― 景気減速の日本経済への影響は軽微 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

「中国特需」という表現が新聞や雑誌の紙面を賑わせているように、今回の日本の景気回復は中国に牽引されているという認識が強く見られる。その一方で、ここに来て中国経済が引き締め政策をきっかけに調整局面を迎えようとしており、これにより、日本経済が大きい打撃を受けるのではないかという懸念の声も聞こえてくる。中国の景気動向は米国の金融政策動向とともに、日本の景気回復を左右する要因として注目されている。しかし、現段階では日本企業にとって中国はあくまでも輸出のための「生産基地」であり、米国に匹敵する最終製品の「市場」と言うにはまだ程遠いことから、その影響を誇張すべきではない。

日本企業は、海外市場にアクセスする際、大きく分けて「本社からの輸出」と「現地生産、現地販売」という二つの方法がある。その実態について、前者は財務省が発表する「貿易統計」、後者は経済産業省がまとめる「海外現地法人四半期調査」を通じて伺い知ることができる。ここでは、2003年における二つの統計を合わせた上で、日本企業にとっての中国市場と米国を中心とする北米市場の規模を比較する。ただし、統計上の制約から、中国の数字には香港のものが含まれている(表)。

貿易面では、中国への輸出は572億ドル、香港を含むと、870億ドルに達し、日本の輸出全体の18.5%を占める。これに対して、北米への輸出は1228億ドル(うち米国は1154億ドル)と全体の26.1%(うち米国は24.6%)を占めている。中国は(香港を除いても)、米国に次ぐ日本の第二の輸出先となっており、しかも両者の格差は小さくなってきている。しかし、中国向け輸出の中には、現地販売のみならず、加工してから再び海外へ輸出される部品などの中間財が多く含まれている。中国の輸入全体の約40%が加工貿易に当たるという現状が、対日輸入(日本の対中輸出)にも当てはまるという前提の下で試算すると、その中の現地販売額は522億ドルに留まることになる。

一方、現地生産額では、北米が1878億ドル(海外生産全体の43.0%)に上るのに対して、香港を含む中国は435億ドル(海外生産全体の10.0%)に留まっている。そのうち、現地販売額は北米が1724億ドル、中国が184億ドルとなっており、その格差は歴然としている。これは、現地生産の規模の差に加え、現地販売率(現地生産に占める現地販売のシェア)が、北米では91.8%と、中国の42.3%を大幅に上回っていることを反映している。現地生産の品目別構成を見ると、北米の場合、現地販売向けの自動車を中心とする輸送機械が半分を超えるシェアを占めているのに対して、中国の場合、輸出向けの電気機械が中心になっている。このように、海外での現地生産を行っている日本企業にとって、米国はまさに最終需要の市場であるのに対して、中国は市場というよりも依然として輸出するための生産基地としての性格が強い。今のところ、日本企業の中国における現地生産額と現地販売額はいずれの規模も、ASEAN4(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ)にさえ及ばない。

日本企業にとっての中国と米国の市場規模は、それぞれ日本からの現地向け輸出額と現地生産額を合わせた「総売上」、または日本からの現地向け輸出の中の現地販売額と現地生産の中の現地販売額を合わせた「総最終需要」によって表すことが出来る。それによると、総売上ベースでは北米は3106億ドル(海外市場全体の34.2%)に上るのに対して、香港を含む中国は1305億ドル(同14.4%)に留まっている。総最終需要ベースでは、前者は2952億ドル、後者は706億ドルと、その格差は4対1ほどとさらに大きくなる。

このように、確かに日本の対中輸出は増えているが、その大部分は、加工貿易関連の中間財となっているため、中国自身の景気動向には左右されない。その上、日系企業による現地生産・現地販売に関しても、中国市場の規模は米国と比べて遙かに小さいことから、今後中国経済が調整局面に入ったとしても、日本への影響は軽微であろう。

表 日本にとっての中国市場:北米との比較(2003年)
表 日本にとっての中国市場:北米との比較(2003年)
(出所)財務省「貿易統計」、経済産業省「海外現地法人四半期調査」に基づいて作成

2004年6月25日掲載

2004年6月25日掲載