中国経済新論:実事求是

購買力平価で見る人民元の実力

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

最近、塩川財務大臣をはじめ日本の政策当局者は、中国に対して人民元の切り上げを求めている。その理由の一つとして、現在の人民元のレートがその購買力平価(Purchasing Power Parity, PPP)から大きく乖離していることに象徴されるように、中国経済の真の実力を反映していないということが挙げられる。では、PPPから見た人民元の理論値はどのぐらいで、現在の水準はそれとどの程度乖離しているのであろうか。また、PPPを基準にすると、中国のGDPはどのぐらいの規模になっているのであろうか。

PPPは「一物一価の法則」が成立するように為替レートが決まる、または決められるべきだという考え方である。財が一つしかない世界ではその計算は極めて単純である。実際、毎年4月にイギリスの『エコノミスト』誌がビックマックの価格に基づいて各国通貨の購買力平価を計算している。例えば、日本ではビックマックの値段が130円、米国では1ドルと仮定すると、円の購買力平価は1ドル=130円となる。名目上の為替レートが1ドル=120円であれば、購買力平価と比べて10円の割高となる。

しかし実際には、財の数は万単位にも上り、また直接国際競争にさらされないサービスも多く存在するため、計算の対象をどこまで広げるかによってPPPの理論値は大きく違ってくる。最もよく引用される世界銀行の『世界開発報告』(2002年版)の推計によると、1ドル=8.28元という現行の為替レート換算では、中国の物価水準は米国の21%にしか過ぎず、PPPが成立するためには人民元を1ドル=1.74元(8.28×0.21)まで切り上げなければならない。言い換えれば、中国の場合、米国の物価を基準とすれば、PPPの均衡レートは1ドル=1.74元になり、実際のレートとの間に4.7倍ものギャップが生じていることになるのである。

しかし、中国に限らず所得水準の低い発展途上国であるほど、自国の為替レートがPPPよりずっと割安であるという現象が観測されている。これは、工業製品などの貿易財に関しては一物一価の法則が概ね成立しても、非貿易財である多くのサービスに関しては、賃金水準の格差を反映して、低所得国であるほど安いというBalassa-Samuelsonの法則に沿ったものである。これによると、実際の為替レートとそのPPPの理論値からの乖離幅は、経済が発展すればするほど小さくなり、先進国のレベルに到達すれば大体PPPに見合うレベルまで下がることになる(図)。

したがって、人民元の名目レートのPPP基準の理論値からの乖離は、発展段階に比例する部分と、中国独自の要因を反映する部分に分解することができる。実際、中国と同じ発展段階にある国々(1人当たりGDPが840ドル)の平均で見ると、物価水準は米国の31%に当たり、実際の為替レートとPPPの理論値との乖離は3.2倍(1/0.31)である。これと比べても、中国の物価はさらに32%(1-0.21/0.31)ほど安くなっている。つまり、米国とではなく、同じ発展段階にある発展途上国の間でPPPが成立するためには、人民元の理論値は1ドル=8.28元×(1-0.32)=5.63元でなければならない。

PPPという概念は、国内総生産(GDP)の国際比較においてよく使われている。名目の為替レートに基づく計算では、中国のGDPは1.06兆ドルに留まり、日本の4.34兆ドルには遠く及ばないが、PPP基準では中国が4.97兆ドル、日本が3.35兆ドルとなり、すでに逆転しているのである(2000年現在、世界銀行2002年『世界開発年報』による)。しかし、中国の人口が日本の10倍であることを考えれば、一人当たりGDPで見て、中国が3,940ドルであるのに対し、日本が26,460ドルと、依然として大きくリードしていることは言うまでもない。

図 所得水準と反比例する各国通貨のPPPレートと名目為替レートとの乖離
図 所得水準と反比例する各国通貨のPPPレートと名目為替レートとの乖離
*名目レート/PPPレート
(出所)世界銀行、2002年『世界開発報告』のデータより作成。

2003年3月20日掲載

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