中国経済新論:実事求是

モジュール化と中国の工業発展

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

近年、モジュール化という生産技術の革新により、企業間と国際間の分業のパターンが大きく変わった。多国籍企業がコストの削減を目指して、競って発展途上国に付加価値の低い生産工程を中心に生産を移転してきており、中でも、中国がその委託加工の基地として急成長してきた。

モジュール化とは産業内の各プロセスを一定の「かたまり」ごとに整理・分割させることである。パソコンの場合、ハードディスクやディスプレイといった「かたまり」ごとに「モジュール化」されて生産が行われ、これらの「モジュール」を組み合わせてパソコンが完成する。一般にモジュール化された産業では、各モジュールについてあらかじめ設計ルールや機能が確立されており、その範囲内で業務を行うことになる。一方で、規格に準じていればどのような方法や部品を使用してもよいという自由度も持ち合わせている。また、各モジュールでのプロセスは他のモジュールのプロセスに影響を受けることもなく、影響を及ぼすこともない。したがって、モジュール化によって、各生産過程を別々の企業へ分割して発注することも、特定モジュールの生産へ特化することも容易になった。

この結果、産業構造がスマイルカーブ化したと言われている。スマイルカーブとは台湾のエイサー(宏碁電脳)社のスタン・シー会長がパソコンの各製造過程での付加価値の特徴を述べたのが始まりとされている。付加価値を製造過程の流れに沿って図示すると人の笑った口元のようになることから「スマイルカーブ」と呼ばれている(図)。パソコンでは川上のOSやMPU(マイクロ・プロセッサ)や川下のアフターサービスなどの付加価値が高くなり、中流の組立の利幅が最も少なくなる。パソコンで言えば組立の部分、他の産業で言えば加工工程にあたる労働集約的なプロセスはモジュール化による作業の標準化と競争の激化によって収益率が低下した。いわば、モジュール化によって儲かる部分と儲からない部分がスマイルカーブ化という形で浮き彫りにされた格好となっている。

モジュール化の進展により、企業は、一つの製品を生産するためにすべての工程を一カ所に集中する必要がなくなる。その代わりに、各工程を細かく分割した上、企業間の生産ネットワークを組んだほうが効率的になった。現に、各企業は従来のように製品の「一貫生産」を行う代わりに、それぞれの得意分野に資源を集中させる形で業界の再編が進んでいる。企業間の関係も、貿易のような距離をおいた関係や出資で結ばれた系列関係だけでなく、技術提携や、OEMなどの中間形態を含めて、多様化している。

多くの発展途上国における貿易・直接投資の自由化の進展と相まって、このような企業間の生産ネットワークが益々グローバル化している。各国の比較優位に沿って、労働集約型の工程が労賃の安い発展途上国に、R&Dなど高い技術力を要する工程が先進国に配置されるのが一般的である。これを反映して、近年、先進国と途上国の間では、部品と中間財を中心に工業製品間の交換が盛んになってきた。これは「産業内貿易」の形を取っているので、「水平分業」と言われているが、先進国と途上国がそれぞれ付加価値の高い工程と低い工程に特化しているという意味で、むしろ一種の「垂直分業」と見なすべきである。

これを背景に、中国は安価かつ豊富な労働力を武器に、多国籍企業の直接投資を積極的に導入し、工業発展のペースを加速させている。現に、中国の製品輸出が年々増えており、2001年には輸出全体の90%を占めるに至っている。中でも、加工貿易による輸出入は貿易全体の約半分を占め、中国経済で大きな位置を占めている。中国は「世界の工場」と言われるほど、その工業力が注目されるようになった。

しかし、スマイルカーブに沿って言えば、中国の国際分業に参入できる部分はアゴに当たる最も付加価値の低い部分に限っている。しかも、日本が加工貿易を中核としていた頃とは違い、社会主義国の崩壊や冷戦の終結を経て、安価な労働力を得ることはかつてほど難しなくなり、発展途上国同士の競争によって、得られる利益はさらに小さくなる。このように、スマイルカーブの谷が益々深くなり、中国にとっては自らの労働力と先進国の技術を交換する時の相対価格(すなわち交易条件)が、益々不利になっている。生産量の拡大が、必ずしも実質収入の増大につながらないという意味で、中国は一種の豊作貧乏の罠に陥っている。この罠から脱出し、また真の「先進工業国」になるために、中国はスマイルカーブの両端を目指さなければならないが、これには人的資本の蓄積が前提になっており、道のりはまだ遠いと言わざるを得ない。

図 スマイルカーブの概念図
図 スマイルカーブの概念図

2002年8月16日掲載

文献
  • 経済産業研究所、『モジュール化』(経済政策レビュー4)、東洋経済新聞社、2002年
関連記事

2002年8月16日掲載