中国経済新論:実事求是

購買力平価から見た中国経済の実力
― 沿海地域はもう先進国のレベルに迫っているのか ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

2001年の中国の一人当たりGDPはわずか911ドルであり、日本の32535ドルには到底及ばない。これに対し、人民元レートが割安になっていることを反映して、ドル換算では中国の物価が日本よりずっと低いことを考えると、名目GDPの比較はあまり意味がないという反論もあろう。また、マスコミによる偏った報道に惑わされ、多くの日本人が、中国全体はともかく、上海を中心とした沿海地域なら、発展段階において、もはや日本と大差がないのではないかと思い込んでいる。ここでは、いわゆる購買力平価を考慮しながら、中国全土、沿海地域、そして上海の実力を見てみよう。

まず、購買力平価(PPP)の考え方について説明しておこう。一般的に、一人当たりGDPの比較は、名目為替レートを使ってドル換算で行っているが、同じ1ドルでも国・地域によって購買力に差がある。従って、名目為替レートで評価すると、自国通貨が強く、ドル換算では物価水準の高いところは一人当たりGDPが過大評価され、逆に自国通貨が弱く、ドル換算では物価水準の低いところは過小評価されることになってしまう。よって、このバイアスを是正する必要がでてくるが、そのためにできるだけ同じ物・サービスを同じ値段で評価し直すということが購買力平価の考え方である。一人当たりGDPを計算するときには、換算レートとして、名目為替レートの代わりに、PPPベースの為替レートを使えば、対象国の実質所得水準をより正確に反映することができよう。

実際、世界銀行は毎年発表する『世界開発報告』の中で、米国の物価水準を基準に、世界各国の購買力平価を考慮した一人当たりGDPを発表している。最新の2002年版によると、2000年の中国の一人当たりGDPは、名目為替レート換算(いわゆる生の数字)では840ドルだが、PPP換算ではその4.7倍に当たる3940ドルとなっている。すなわち、計算に当たって、市場レートである1ドル=8.28元の代わりに、人民元の価値がその4.7倍に当たる1ドル=1.76元(すなわち、人民元のPPPベースの為替レート)を使っているのである。これに対して、日本の場合、生の数字は34210ドルであるが、PPP換算では26460ドルと逆に下方修正されている。日中間の格差は、生の数字では40.7倍だが、PPPベースでは6.7倍に縮小している。

しかし、PPPを考慮したとしても、中国の順位は129カ国の中で、76位から68位へと若干上がるだけである。これは、低所得国ほど名目為替レートがPPPベースの為替レートを大幅に下回るため、ドル換算で見て物価が安いという傾向が見られ、PPP換算になると、中国だけではなく、他の発展途上国の一人当たりGDPも大幅に上方修正されることになるからである。実際、世界銀行の数字をベースに計算すると、PPP換算値の生の数字に対する倍率は、中国の4.7に対して、韓国が1.9、日本が0.8に留まっているように、低所得国ほど大きいことが確認できる(図)。

次に、中国の沿海地域に限って見てみよう。中国の各省に関し、どの省を「沿海地域」と見なすかによって数字は変わってくるが、中国の公式分類に従って「沿海地域」を定義すると、2001年に関し、沿海地域の人口は5億2710万人、一人当たりGDPは1454ドルとなる。ここで、おおよそ日本の総人口に相当する、中国で最も所得の高い地域の人口上位10%(中国の総人口の10%:上海、北京、天津、浙江と広東の一部)に限ってみても、一人当たりGDPは2077ドルであり、さらに上海だけに絞ると、3705ドルとなる。地域ごとのPPP換算の数字は発表されていないが、仮に一次近似でこれらの数字を先述した中国全体の倍率によりPPP換算すると、「沿海地域」は6820ドル、「上位10%の人口を占める高所得地域」は9742ドル、上海は17378ドルとなる。

しかし、高所得国の物価が低所得国より高いという現象は、所得格差の大きい中国国内の各地域にも当てはまり、上海の物価水準は内陸部の遅れている地域よりも高いはずである。図に描かれた関係をベースにこれを考慮すると、PPP換算で見た上海の一人当たりGDPは11000ドル前後に留まると推計される。これに対して、東京都の一人当たりGDPは、2000年で、生の数字は63778ドル、同じ方法でPPP換算すると、41000ドル程度となっている。このように、同じ物価水準を前提に比較しても、中国で最も進んだ上海の住民の平均所得は東京都民の4分の1に過ぎず、果たして中国人は日本人が羨ましがるような生活を送っているのであろうか。

図 所得水準と反比例する各国のPPP調整比率
図 所得水準と反比例する各国のPPP調整比率
*PPP調整比率=PPP換算1人当たりGDP/ドル換算名目1人当たりGDP
(出所)世界銀行、2002年『世界開発報告』のデータより作成

2002年8月9日掲載

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