中国経済新論:中国の産業と企業

形成されつつある高速鉄道網
― 経済成長の原動力に ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国における高速鉄道の建設が急ピッチで進んでいる。その営業距離はすでに世界一の規模となっており、技術力も最先端レベルに近づいている。全国的な高速鉄道網の整備は、主要都市間の時間的距離を短縮することを通じて、統一した国内市場の形成、ひいては国全体の経済発展を促している。

世界一となった営業距離

中国における高速鉄道網の建設は、2004年に「中長期鉄道網計画」が国務院に認可されてから本格化し、短期間で世界最大の規模となった。世界鉄道連盟によると、2010年5月現在、中国の高速鉄道の営業距離は3,529kmに達し、すでに日本の2,452kmを抜いて世界一になっている(表1)。日本における高速鉄道の建設は、1964年に開業した東海道新幹線(東京―大阪間)から始まり、総延長距離で40年以上にわたり世界をリードしてきたが、2009年についに中国に追い抜かれた。その上、建設中の高速鉄道の総延長距離は、中国が世界全体の6割相当の6,696kmに上っているのに対して、日本は590kmにとどまっている。計画中の分を合わせると、両者の差はさらに大きくなると予想される。

表1 世界上位10ヵ国・地域の高速鉄道の総延長距離(2010年5月21日現在)
表1 世界上位10ヵ国・地域の高速鉄道の総延長距離
(注)順位は運転中の総延長距離に基づく
(出所)International Union of Railways, "High Speed Lines in the World" (Updated 21 May 2010)に基づき作成

「中長期鉄道網計画」(2008年に改訂)に従い、中国における高速鉄道網の建設は、国土を縦横に結ぶ8つの路線「四縦四横」を中心に進められてきた(図1)。「四縦」とは、北京を中心に北京―上海、北京―深圳、北京―ハルビンを結ぶ各路線と南東沿海地域を縦走する上海―深圳路線を指し、「四横」とは、青島―太原、徐州―蘭州、南京―成都、杭州―昆明を結ぶ各路線を指す。「四縦四横」の8路線が完成すれば、東部、中部、中西部のほとんどの都市が高速鉄道で結ばれることになる。これに加え、環渤海湾地域、長江デルタ地域、珠江デルタ地域など、広域経済圏内の主要都市を結ぶ旅客専用の高速鉄道網も「中長期鉄道網計画」の主要な部分を占めている。

図1 高速鉄道網の中心となる「四縦四横」
図1 高速鉄道網の中心となる「四縦四横」
(出所)「中長期鉄道網計画」(2008年改訂)より作成

現時点では、すでに北京―天津間、武漢―広州間、鄭州―西安間、上海―南京間、上海―杭州間をはじめとする、総延長4,000kmほどの高速新線が開通している(表2)。高速化した既存路線区間を含むと、高速鉄道の営業距離は7,000kmを超えている。

今後数年にわたって、さらに多くの建設中の高速鉄道が完成の段階を迎える。2012年までに高速鉄道旅客専用線の営業距離は1万3,000kmに達する見込みである。その中には、2008年4月に着工し、総工費が2,209億元、総延長距離が1,318kmに上る北京―上海高速鉄道が含まれている。同路線の開通により、北京―上海間は、現行所要時間の半分以下(4時間台)で結ばれることになる。

表2 中国における高速鉄道網の整備状況(2010年11月現在)
表2 中国における高速鉄道網の整備状況
(注)上海-杭州間は営業運転を開始したが、杭州東駅の整備工事がまだ完成していないため、杭州駅に到着することになり、現在の走行距離は予定より長く、202kmとなっている。
(出所)International Union of Railways, "High Speed Lines in the World" (Updated 21 May 2010)および各種報道に基づき作成

中国鉄道部によると、2020年までには、中国の高速鉄道の営業距離は旅客専用線だけで1万6,000km以上となり、高速化した既存路線区間と貨物と併用する区間を加えれば、5万km以上に達する見込みである。

技術力も世界の最先端に

このように、中国における高速鉄道は世界的に見ても発展が最も速く、営業距離が最も長く、建設規模が最大である。その上、システム技術が最も充実されており、技術集約能力も最も高く、運行速度も世界最速であるという認識を中国鉄道部が示している(2010年7月28日に行われた「中国高速鉄道発展成果・第7回世界高速鉄道会議の記者会見」における鉄道部のチーフエンジニア・何華武氏の発言)。

中でも、日本、フランスなどから導入したノウハウに基づき技術開発を進めた結果、運行速度は大幅に向上した。2008年8月に開通した北京―天津間に続き、武漢―広州間、鄭洲―西安間は営業最高速度350kmで運行している。また、2010年9月28日に行われた上海―杭州高速鉄道の試運転で、最新型車両CRH380Aは世界最高時速の416.6kmを記録した。

世界銀行は、「技術と知識の移転、数千kmの高速鉄道の建設・運営の経験により、中国は最も進んだ鉄道産業を持つようになった。他国が高速鉄道を導入する際、中国は国際的な競争力を持つだろう」と指摘している(Paul Amos, Dick Bullock, and Jitendra Sondhi, "High-Speed Rail: The Fast Track to Economic Development?" The World Bank, July, 2010)。実際、中国は、サウジアラビアやベネズエラで高速鉄道建設に着工していることに加え、米国、ロシア、ブラジルなどとの鉄道建設協力の調整チームも立ち上げるなど、海外進出が着実に進んでいる。

経済の量的拡大と質の改善に寄与

高速鉄道網の整備は、需要と供給の両面から、中国経済の量的拡大と質的向上に寄与している。

まず、高速鉄道網を整備するための巨額の投資は、直接に多くの雇用機会を創出しているだけでなく、関連産業にも多くのビジネスチャンスをもたらしている。鉄道部によると、中国では1kmの高速鉄道を造るために平均1.3億元の費用がかかる。これを基準に推計すると、2020年までに計画通り1万6,000kmを完成させるには、投資額は2兆元(約25兆円)程度となる。高速鉄道の総投資額のうち、線路購入と敷設、橋梁、トンネル、駅の建設など鉄道基礎建設は全体の40~60%、鉄道機関車、車両、その部品などの購入は全体の10~15%を占め、残りの25~40%は通信や情報技術、電力供給などが占めている。高速鉄道の建設にかかわることを通じて、これらの産業部門は、売り上げを伸ばすことができるだけでなく、技術力も磨かれることになる。

第二に、高速鉄道網の整備は、沿線の不動産開発や、観光業などの発展を加速させている。特に、中継地である天津、武漢、西安などは、その恩恵を最も受けている。

第三に、高速鉄道網の整備は、工業化と都市化を促している。高速鉄道で結ばれた主要都市と周辺都市とのヒト、モノ、カネの流れが活発になり、相互補完を活かした分業体制の構築が促される。これにより、発展が進んでいる沿海地域から遅れている内陸部への産業移転が加速していく。このようなネットワーク効果は、高速鉄道網のカバーしている地理的範囲と人口の拡大に伴い、ますます大きくなる。

第四に、高速鉄道網の整備によって、旅客線と貨物線の分離が進む。その結果、既存路線の貨物輸送能力が高められ、物流が改善されることになる。

最後に、高速鉄道網の整備は、省エネと環境にやさしい社会作りに有利である。高速鉄道は道路などの他の輸送手段と比べて、エネルギー効率が優れており、CO₂排出量を低く抑えることができる。

これらの効果は、建設期間に止まらず、完成後も続くものと予想される。このように、中国にとって、高速鉄道網の整備は、長期にわたって、経済全体を牽引するエンジンになりそうである。

2010年11月26日掲載

2010年11月26日掲載