中国経済新論:中国の経済改革

農地は誰のものか
― 農民の権利を尊重せよ ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国における社会主義革命の主役は、マルクスが想定した産業労働者ではなく、「耕者有其田」(耕作者がその土地を所有する)を求める農民であった。しかし、皮肉にも、革命が成功した後、農民は自分の土地を持つどころか戸籍によって移動の自由が厳しく制限されるなど、二等公民の地位を強いられている。このような状況は、計画経済の時代はもとより、改革開放が始まって30年間近く経った今日でもほとんど変わっていない。戸籍による差別をなくすとともに、土地に対する権利を認めることを通じて、農民にも都市住民と同じ権利を与えることは、三農(農業、農村、農民)問題を解決するためのカギとなる。

現在の農地制度とその問題点

社会主義を標榜している中国では、生産手段と見なされる土地の私有が認められていない。土地の公有制は、都市では国有、農地は集団所有という形をとっているが、都市住民も、農民も、土地の所有権を持っておらず、あくまでもその「使用権」しか認められていないという点においては共通している。国有企業は、所有権が明確でないゆえに、その権利が幹部らによって侵害されがちであることは広く知られているが、土地に関しても同じことが言える。

この問題は、都市の土地と比べて農地のほうがより深刻である。まず、都市部の土地の使用権の期限は住宅地が70年間、工業用地が50年間、商業用地40年間になっているのに対して、農村部の「請負契約」期限は30年間と短くなっている。また、農民が都市部への移住などにより、農村戸籍を失えば、何の補償もされないまま、彼らの土地に対する権利も消滅する。さらに、都市の土地ならば、一旦個人が購入すれば、市場価格で転売することができ、キャピタルゲインも期待できるのに対して、農地は農地としてしかその使用権(請負権)を転売することはできず、非農地への転換は認められないため、キャピタルゲインが期待できない。さらに、「公共の利益」を理由に、政府が土地を徴用することが憲法や法律で認められているが、その際の補償条件は、都市部より農村部のほうがはるかに劣っている。

その中でも、政府による農地の徴用を巡って、全国の各地で農民暴動が起こるなど、大きな社会問題になっている。現在の法律(「土地管理法」)では、土地が徴用される際、農民への補償は、過去3年間の平均生産高を基準に算出される。しかし、失業保険や年金などの社会保障の対象にはならない農民にとって、政府による補償は、その後の生活を十分に保障できる金額にならない場合が多い。若い農民ならば、産業労働者として都市部に移るという選択肢もあるが、中高年になると、このような可能性も少ない。土地の徴用により農民が土地を失って「無産階級」に転落することは、まさに産業革命当時のイギリスで行われた「囲い込み運動」を思わせる風景である。

地方政府の主導の下で行われているこのような農地の徴用は、「公益」の名の下で、農民の権益を侵害する行為に他ならない。政府は、土地を安い値段で手に入れる一方で、高い市場価格で転売できるが、その差は地方財政の重要な収入源となっている(図)。それに伴う巨大な利益は、土地の「乱開発」につながり、投資過熱の原因にもなっている。一部の地方では、未来の需要を見込んで、土地の使い道を決めないまま、徴用した農地を「備蓄」しておくケースも多い。その上、取引の各段階において、ルールがあいまいで、政府の幹部が強力な決定権を持っていることから、賄賂といった不正行為が跡を絶たない。このように、現在の農地制度は、効率の面においても、公平の面においても、問題が多いと言わざるを得ない。

図 農地から非農地への転換の仕組み
図 農地から非農地への転換の仕組み
(出所)筆者作成

解決に向けての方策

これらの問題を解決するためには、最終的には、土地の私有化――所有権を含めて、土地に対する諸権利を農民に帰属させること――を認めるしかない。しかし、政府は、農地の私有化には依然として消極的である()。その表の理由として、農地は「社会保障の役割を兼ねている」と説明されているが、本当の理由は、農地が農民の私有財産になると、土地の徴用が難しくなり、農地の転売による財源(またそれに伴う官僚のレントシーキングの機会)が減ってしまうからであろう。

農地の私有化を短期間で実現することが難しいならば、せめて農民の土地の使用権への保護を強化すべきである。とくに、「公益」の名の下で農地の徴用が行われる際、「公益」の定義を明確化すべきである。また、農地を転売する際に得られた利益の一部は、補償金額を引上げるなどの方法で、農民にも還元すべきである。

政府の対応が遅れている中で、広東省を始めとする一部の地域では、第三の道への模索も進められている。その一つは、現在の法律の許容範囲を拡大解釈する形で、農地を政府の徴用を経ず、「集団所有」のまま、非農業の使用目的で、企業と直接に長期契約を結んで「リース」することである。この仕組みは、その発祥地である広東省の南海地域に因んで「南海モデル」と呼ばれている。農民は土地への使用権を「現物出資」し、「株式合作企業」をつくり、土地の経営から得られた収入(賃貸料など)を、配当金などの形で受け取るのである。「南海モデル」は、法律に違反していないかについて疑問が残っているが、地方政府は地域の発展を通じて税金など財政収入を増やすという観点から、これを実質上容認してきた。株式の形に転換される農地への請負権(使用権)が自由に売買できるようになれば、農民が株式を売却することを通じて実質上農地への権利を現金化する道も開かれる。その一方で、土地の所有権を行使する「株式合作企業」の性質も集団所有制から西側の個人の出資によって構成される不動産投資信託(REIT)に近づいていくだろう。それをサポートする法整備が進めば、「南海モデル」は、農地の私有化に向けて、他の地域にも適用できる農地改革の一つの手本を提供していると言える。

2006年9月22日掲載

脚注
  • ^ 一部の学者は、土地が農民の私有財産になれば、いずれ売却され、土地を失った農民が、「流民」になり、社会が不安定になるという理由で農地の私有化に反対している。しかし、土地が農民の私有財産になれば、これを売るかどうかが自ら決められるようになるだけでなく、市場価格での販売も可能になることから、自分の意思に反して、わずかの補償で土地を失わなければならないリスクに常に直面している現状と比べて、農民の権利が明らかに強化されることになる。農民にとって土地が最後の頼りだからこそ、よほどの良い条件でなければ、手放されることはないだろう。このように、農地の私有化に反対することは、農民の権利を守るどころか、むしろそれを剥奪することを容認し続けることになる。
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2006年9月22日掲載