中国経済新論:中国の産業と企業

上海リニアモーターカーは何のために建設したか

聶輝華
中国人民大学大学院博士課程在学

中国人民大学 中国人民大学大学院博士課程在学。『経済研究』、『経済学家茶座』などに論文を発表している。簡単な経済モデルを使い複雑な現実問題を分析し、経済思想を社会に広めることで社会の進歩を推進しようと活動している。また、政策や社会現象についても論評を発表している。代表作は「楊小凱:華人経済学会的"驕楊"」。

近代において、中国が一部の分野で「世界一」になり、立ち遅れた姿から脱却することを国民は期待し続けてきている。その中でここ数年、「リニアモーターカー」というキーワードが再び「中国」を「世界一」に結びつけた。89億元を費やした上海リニアモーターカーは、2003年元日に正式に営業を開始した。「営業運転を行う世界最速の列車」「世界初の商業用リニアモーターカー」である上海リニアモーターカーはギネスブックにも掲載された。このことに多くの国民が一種の爽快感を覚えた。しかし、よくよく考えてみれば、この巨大プロジェクトは、ひとつの豪華なショーに過ぎないのである。

まず、リニアモーターカーの経済的側面から見てみよう。上海リニアモーターカーはそもそも赤字を免れることのできないプロジェクトである。上海リニアモーターカーは全長30キロ、最高時速430キロ、片道運行時間8分、年間最大旅客輸送量は1.5億人である。技術・性能面では、上海リニアモーターカーは世界一流の水準を誇る。しかし、商業面を考えるのであれば、採算性をもっと考慮すべきである。

ここで上海リニアモーターカーの収支を見てみよう。総工費89億元のうち銀行融資が50億元、利息は年間約3億元である。現在の料金50元で計算すると、片道の乗客数が1日当たり8000人としても、1日あたりの収入は40万元、年間で約1.5億元である。年間の広告収入などを一年分の設備の減価償却費、人件費、管理費などの運営費用に充てたとしても、年間収入は利息の支払いにも満たない。さらに、ここの計算では資本の機会費用を入れていないにも注目しておくべきである。これらの数字から見ても、上海リニアモーターカーは商業的に完全に失敗したプロジェクトであることは確かである。正直なところ、賢いはずの上海人が、なぜ今回このような大赤字となる取引をしたかは理解に苦しむ。さらに信じられないのは、プロジェクトに参加する上海宝鋼など企業グループ8社が政府保証によって年間6%の収益を受け取っていることである。金持ちの上海はやはり気前の良さが違うとでも言えばいいのだろうか。

実際、現実的な外国人は早くからリニアモーターカーの「商業上の罠」を見破っていた。リニアは80年代にすでに成熟した技術であったにもかかわらず、なぜ中心的な技術を供与するドイツを含め世界のどこもリニアモーターカーを作らなかったのかを見ればそのことは明白である。他にも、低軌道周回衛星を用いた全地球を網羅する移動体通信サービスという通信技術のような例もある。この技術は米国の「Popular Science」誌から1998年の最優秀製品の一つとして選ばれたが、1999年にこの事業を推進していたイリジウム社は破産した。対照的に、技術的には少し及ばないものの、市場面で勝った「海事衛星通信」を採用した企業は生き残ったのである。つまり市場は最適の技術を受け入れるのであって、最先端技術ではない。しかし、中国の資本家たちがこのような利潤追求の本能を忘れたのかというとそうとも言いがたい。資本家たちは市場経済の真髄をよく理解している。市場原則が見えないふりをしているのは、費用が政府のカネによってまかなわれているためである。

次に、公共財政面から見てみよう。そもそも巨大な公共工事は民意を十分に反映すべきである。上海リニアモーターカー・プロジェクトは本来、上海の交通事情の改善が主目的である。しかし、浦東空港までのリニアモーターカーは住民にとって望ましい交通機関とはなっていない。地下鉄で龍陽駅まで行って、二人でタクシーを拾って空港に行けば、交通費は一人当たり約40元で済む。しかし、リニアモーターカーの場合は50元かかり、しかも下車した後に、荷物を引っ張って10分間歩かなければならない。また、案内標識が判りにくい、始発駅が市の中心部から離れている、地盤沈下の発生など様々な問題がある。上海市品質協会の利用者評価センター発表の報告によれば、リニアモーターカーの乗客の半数は、国内外の観光客とビジネス視察団である。つまり、上海リニアモーターカーは、交通手段ではなく単なる観光地に変わってしまったのである。平日の乗車率が休日の6分の1に過ぎない理由もここにある。悪く言えば、上海リニアモーターカーは見かけ倒しの代物に過ぎない。納税者の巨額な税金を使った上海市は、このことを納税者にどのように説明するのであろうか。あるいは、納税者がリニアモーターカーの現状を知った後であったならば、この表面だけを飾った中身のない工事に賛成しただろうか。このプロジェクトに使った大金でより合理的な価格の公共交通手段、たとえば地下鉄あるいはモノレールを作った方がもっと民意を反映できたのではなかろうか。

最後に、国民の心情面から見てみよう。中国人が大国国民としての健全な心情を持つまでにはまだ長い道のりがある。漢・唐王朝の隆盛と近代の脆弱さとの間にあまりにも大きな落差を感じており、中国国民は全世界に大国としての実力を見せ付けたいという強烈な願望をもっているように見える。確かに北京、上海、深センはまるで中国の「第一世界」のようである。しかし、豪華絢爛な高層ビルや立派な公共工事は本当に現在の中国を顕現しているといえるだろうか。中国は貧困人口3000万人、レイオフされた従業員1400万人、学校に行けない子供たち300万人を抱えている。その一方で、先進国さえもしり込みする巨大工事が各地で盛んに展開されている。現在、上海のほかにも北京、杭洲、寧波、大連でもお互いに張り合って、より長い距離の、そしてより多くの費用をかけたリニアモーターカーを作ろうとしている。報道によると、北京・上海間で全長1300キロ、総工費4000億元のリニアモーターカー構想があるという。この野心的なプロジェクトを考えると、私は中国人の見栄っ張り精神に脱帽してしまう。リニアモーターカーは国家発展戦略と関係のあるプロジェクトでもないし、我々はそのコアとなる技術を持っているわけでもない。それは、せいぜい贅沢な観光あるいは交通手段に過ぎない。我々にはこのような気前の良さを示さねばならぬ理由があるのだろうか。私には、多くの国民と指導者は、洋酒をあおって仙人気分になった酔っ払いのようにも見える。本当に外国に負けたくないのであれば、リニアモーターカーの巨額な工費で中国の貧困、失業、未就学の解決に使った方がもっと良い効果が得られることを自覚しなければならない。

2004年12月22日掲載

出所

新華社『環球』2004年第23期
※和訳の掲載にあたり著者の許可を頂いている。

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