中国経済新論:世界の中の中国

円安は世界経済に何をもたらすのか

何帆
中国社会科学院世界経済・政治研究所

1971年、河南省生まれ。1993年海南大学経済学院を卒業。1996年、2000年に中国社会科学院大学院より国際経済学修士と博士学位を取得。 1998年から2000年までの間、ハーバード大学経済学部に客座研究員として留学。現在、中国社会科学院世界経済・政治研究所において、当研究所が発行 している専門誌「世界経済」の編集を務める。国際金融、国際政治経済学及び制度変遷理論などの領域において、研究活動を展開している。

円安は東アジア地域における通貨の切り下げ競争の引き金である

「ブレトン・ウッズ体制」が解体されて以降の長い間、人々は円高に慣れてきた。しかし、日本の経済情勢が悪化するにつれ、1995年後半、円高の勢いは突然停止し、逆に持続的な円安局面に突入した。その時点から、円安は世界経済における不安要因となった。1997年初め、加速された円安は、東アジア金融危機を誘発する導火線の一つとなった。2000年6月以来、円安の勢いは一向に止まらず、「9・11テロ事件」によって、アメリカ経済が大きなダメージを受け、人々のアメリカ経済に対する見通しが悲観的になった時に限って、円が一時的に跳ね上がったが、その後は二度切り下げ傾向に転じている。特に、2001年12月、日本の経済情勢に対する悲観的な予測と日本政府による意図的な誘導の下、円は急落した。二ヶ月あまりの間、円の為替レートは130円、131円、そして132円へと次々と更新した。現在、その勢いは一向に止まらず、134円まで下落した場面もあった。悲観的な予測によれば、2002年夏に円の為替レートは140円ないし160円まで暴落し、歴史的な記録になるという。

円の急落は、周辺国家の関心と不安をもたらしている。円安は、韓国、シンガポール、そして台湾といった輸出構造が日本と類似している国に直接ダメージを与えることになる。同時に、円安は東南アジアにおける日本の対外投資にも悪影響を及ぼす。円安を受けて、シンガポールドル、新台湾ドル、韓国ウォン、タイバ―ツ、そしてフィリピンペソが次々と安値を記録し、韓国と台湾の株式市場は特に大きな損害を受けた。

1997年以降、東アジア経済は、金融危機とアメリカ経済の衰退といった災難的な打撃を相次いで受けてきた。しかし、マクロ政策の迅速な調整、金融部門の整理そして困難を極める構造改革などを通じて、東アジア経済は、徐々に回復に向かっている。2002年の東アジアは経済成長と輸出の増加、そして貿易収支の改善が見られるだろう。同時に、注意すべきは、東アジア地域の外貨準備は非常に豊富なだけではなく、最近五ヶ月は毎月100億ドルずつ増加していることである。長期的に見ると、為替市場での投資家達は東アジア地域の通貨に対して、相当楽観的な見通しを持っている。せっかく到来した東アジア地域経済の復活をできたての新鮮なケーキに例えれば、円安はそれにたかった一匹の蝿である。

日米共同で円の切り下げを操作

日本政府は、一貫して円安が日本政府による人為的な関与ではなく、為替市場による自発的な行為であると指摘してきた。実は、日本経済に対する悲観的な予測は円安の背景に過ぎず、円の急落のきっかけは、日本政府の円レートに対する観点の転換と政策の調整にある。日本政府は、円安を希望しただけではなく、円の急落も辞さないのである。

円の下落傾向に対して、一部の日本の高官は、様々な場合において、それを支持する見解を示した。12月14日、財務省の溝口善兵衛国際局長は、最近の円安は円の過大評価に対する修正であると発言した。12月11日、財務省の黒田東彦財務官は、「経済構造改革に伴うデフレの圧力を緩和するために、われわれは円安を望んでいる」とはっきりと指摘した。さらに、元大蔵省財務官、「ミスター円」と呼ばれている榊原英資氏は、テレビでの演説で2002年夏までの円の為替レートを140円と150円の間に、究極の場合、160円から170円まで容認し、日本政府は決して介入しないことを明言したのである。日本経済がますます悪化していく中、日本政府高官によるこうした発言は、人々の円安に対する期待を一層強化させ、そして、このような期待は市場での投資行為を変え、円安を現実のものにしたのである。

また、注意すべきなのは、円に対して非常に関心を示してきたアメリカ政府は、日本政府の円安政策に対して、寛容ならびに支持する姿勢を示し、円安に対する期待をますます増幅させた。アメリカ政府のこうした姿勢は、最近アメリカ経済には回復の兆しが見え始め、アメリカ経済に対する自信が回復したことに由来する可能性は高い。これまでには、アメリカ政府は常に円安を懸念してきた。このため、アメリカ政府の黙認、そして示唆されたのでなければ、日本政府が正々堂々と円安に踏み切ることはありえない。同時に、これは現在のアメリカが、日本が自力で経済回復を果たすことを期待していることを意味している。従って、アメリカは日本の不良債権の解決を条件に、円安を黙認したのである。

国際政治経済学の角度からみると、一国は経済の衰退期に入った時に、民族感情が台頭し、これが経済政策において保護主義の形で反映されることが多い。すなわち、外国の競争相手が国内経済困難の元凶とみなし、通貨の切り下げや貿易障壁を通じて、国外の競争相手に打撃を企む。これはまさしく当局が民衆の不満を国外に向かわせる意図的な手段である、という。

最後の稲草は命の救いになるか

あらゆる日本経済に対する予測は、悲観的、陰鬱なものである。さらに懸念すべきことは、経済成長を刺激するあらゆる政策が使い果たされたにもかかわらず、何の効果も見られないことである。1992年以来、日本政府は、十数回に及ぶ追加予算と拡大財政投資を行った結果、政府の債務負担はますます深刻なものとなった。2000年末現在、日本政府(地方政府を含む)の債務残高は、GDPの135%まで上った。しかも小泉内閣が推進している構造改革は、不況をさらに深刻化させる緊縮的財政政策を意味している。OECDの予測によれば、財政要因は2002年日本のGDPを0.6%押し下げるという。金融政策からみれば、経済成長を刺激するために、日本銀行は公定歩合を0.1%まで下げた。銀行間の短期貸出金利はゼロまで下がったにもかかわらず、大量の不良債権は金融政策の波及経路を塞いだ。多くの銀行は「貸し渋り」の問題を抱え、金利の引き下げは銀行の貸出の増加に結びつかず、日本経済は典型的な「流動性の罠」にはまってしまった。同時に、乗数効果は失効したため、日本銀行は本国政府の債券を購入することによって、貨幣供給を増やしても需要の増加につながらない。財政政策と金融政策という経済成長を推進する両手はいずれも機能しなくなった上に、小泉内閣が推進している構造改革は短期間において、経済成長の見通しを改善するどころか、逆に景気を一層悪化させている。これを背景に、為替政策、すなわち円安によって金融緩和を行い、輸出を刺激することは日本経済を救える最後の一束の稲草であるように見える。

しかし、残念ながら、円安は経済成長を刺激できるかどうかは疑問に思われる。輸出は日本国内総生産のわずか10%にすぎず、例え短期間において円安は輸出の増加をもたらすとしても、輸出というエンジンだけでは日本経済という重すぎる自動車を引っ張って行かれない。しかも、円安は他のアジア通貨が円に対して上昇することを意味するため、周辺国家からの中間財と原材料の輸入価格の上昇を通じて、逆に日本の輸出の競争力を損なう面もある。日本のアジア向けの輸出は、輸出の全体の40%も占めている。仮にアジア諸国の経済が衰退に陥ったら、それは当然日本の輸出に影響を及ぼす。根本から言えば、日本経済は巨額の不良債権の重荷を解決し、構造改革と内需拡大に目立つような進展がない限り、現在の窮地から抜け出すことはできない。

一方、例え円安は日本の輸出にとって有利であるにしても、日本の金融部門の利益を損なう恐れがある。円安は大量のドル建海外資産を持つ日本各銀行の自己資本比率を低下させる。BIS自己資本比率の規定を満たすために、日本の商業銀行は内外の融資を抑えなければならない。

最後に注目すべきなのは、円安が日本債券の収益の減少を意味し、もし投資家が大量に円債券を売り出すと、日本銀行は利上げを余儀なくされ、これは溺れかけている日本経済にとって、大きな打撃となり、最悪の場合、日本国内の金融危機を誘発しかねない。

円安の持続性に影響を及ぼすその他の要素として、特に2002年のアメリカ経済がはたして不況から脱出できかどうかが注目される。仮にアメリカ経済が早く衰退から抜け出すことができなければ、これから二年間のドル相場がドル安に向かう一方、円の為替に対するアメリカ政府の見方にも影響を及ぼすことになる。すなわち、行き過ぎた円安はアメリカ企業の輸出を抑え、しかも大量の日本債券を持っているアメリカの投資家達も巨大なキャピタルロスを抱えることとなる。同時に、円の対ユーロレートが急落しており、ヨーロッパの輸出に当然影響を与えるだろう。東アジア経済の円安に対する反応はもっと敏感なものである。韓国の財務長官は、日本政府が円安を利用し、本国の輸出を刺激するやり方は世界経済と東アジア経済の混乱をもたらすと、公然と批判した。

最終的なシナリオは二つしかない。日本政府は円安がまったく効果のないことに気づき、為替市場への円買い介入を余儀なくされるか、それとも、日本政府は円安をさらに放任することで、多くの怒りを買い、ドミノ的に「通貨値下げ戦争」を誘発し、世界経済をますます不安定化させるか、そのどちらかであろう。

力を合わせて難関を切り抜けるか、それとも災いを他人に押し付ける窮乏化政策を実行するか

東アジア経済はアメリカ市場に大きく依存するため、「9・11事件」以降、アメリカによる需要の減少を受け、東アジア諸国と地域の輸出はいずれも減速した。台湾、韓国、フィリピン、マレーシアとシンガポールは、ほぼ10%の減少をそれぞれ記録した。輸出の急減によって、程度の差はあるが、2001年にはこれら国家と地域はいずれも景気後退に陥った。2001年末から、アメリカ経済には、若干の好転の兆しが見え始め、アジア経済の復活には新たな希望をもたらしたが、しかし円安は東アジア経済のこうした希望を無残に壊したのである。

1986年のプラザ合意以来、アジア経済成長は、円の対ドルレートと強い相関を持つようになった。これまでの経験から、円安はアジア経済の成長速度を緩め、逆に円高はアジア経済成長を加速させるという傾向が見られる。特に、日本経済と競争関係にある韓国、シンガポール、台湾と香港は円安による衝撃が大きい。これに対して、中国、フィリピン、マレーシアとタイといった日本経済と補完関係にある国々は円安による衝撃は相対的に小さい。

円安は東アジア経済の復興に対して、いくつかの不利な影響がある。(1)円安は周辺諸国の輸出に影響を及ぼす。韓国貿易協会の予測によると、円が10%値下げすると、韓国の輸出は27億ドル、輸入は8億ドルそれぞれ減少し、全体の貿易黒字は19億ドルを減少すると推計される。(2)円安は東アジアに対する日本の経済投資の減少をもたらす。円安は日本国内の生産コストの相対的な下降をもたらし、日本企業の海外に対する直接投資の動機付けを減少させる。タイ、マレーシアといった東南アジア諸国は特にその被害を負うことになる。(3)円安は日本の東アジア地域からの輸入の減少をもたらす。日本の東アジア地域からの輸入が10%減少すると、東アジア地域における経済成長の速度は0.5%が下がると推計される。(4)金融危機は地域性的なものであることが多く、自国通貨を切り下げることによって市場を奪うことは、まさに近隣窮乏化政策であり、各国通貨の連鎖的に切り下げ競争をもたらしかねないことは、われわれが東アジア金融危機から得られた教訓である。事実、最近の円の突然な値下げはすでに周辺国家の関心と不安をもたらした。通貨の切り下げは本質的に一種の「囚人のジレンマ」である。つまり、協力しないことは参加者全員に利益の損害をもたらすのである。金融危機の再発を防ぐため、域内各国は協力の枠組みの中において、政策対話と多層な協力を絶えず促進させ、アジアの貿易自由化、地域金融協力及びマクロ経済政策の協調を推進しなければならない。地域内のすべての国家、特に大国はアジア経済と世界経済に対する責任感を持つべきであり、その中には、自国通貨の相対的な安定性を守ることが含まれている。

2001年以来、アメリカ、ヨーロッパ、日本という世界経済の三極が同時に不況に陥ったことは、中国の経済成長にきわめて不利な影響を与えている。2001年第2四半期以来、中国の輸出の減速が顕著になり、経済成長率も鈍化してきた。中国は事実上ドルと連動する為替制度を実施していることから、円安は人民元の円に対する切り上げを意味し、中国の輸出に不利な影響を与える。もし円安が続くならば、多くの東アジア諸国と地域は通貨の切り下げ競争に参加する可能性が高くなる。これは中国の輸出と人民元レートに大きな圧力を与えることになる。アジア金融危機の際、中国は人民元レートを維持し、東アジア及び世界経済の回復と安定に貢献した。しかし、アジア金融危機が示したように、一国にとって、外部からの衝撃を受けた際、あまりにも硬直すぎる為替制度は経済の調整を難しくする。また固定為替制度にモラル・ハザートという問題が潜んでおり、企業と民衆達はリスクに対する予防と回避を軽視しがちである。巨額の外貨準備は本国の通貨を投機から守るには有益であるが、万が一防衛戦に失敗すると、一国が喪失した外貨準備はまさしく国際投機筋の餌食になる。従って、大量の外貨準備高はある意味で、巨額の賭け金に当り、国際投機筋を賭けに走らせる誘因になりかねない。現在、人民元レートの動向が多いに注目されるが、長期的に見ると、人民元が面している本当の課題は、弾力性のある為替制度への移行であろう。

2002年2月25日掲載

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