東日本大震災に伴う医療費一部負担金の免除施策が被災地の医療サービス利用にあたえた影響:自然実験

執筆者 松山 祐輔 (東北大学)/坪谷 透 (東北大学)/谷上 和也 (慶應義塾大学)/大南 貴裕 (慶應義塾大学)/田曽 忠輝 (慶應義塾大学)/村松 我矩 (慶應義塾大学)/別所 俊一郎 (慶應義塾大学)
発行日/NO. 2017年2月  17-J-004
研究プロジェクト 医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析
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概要

2011年3月11日に東日本大震災が発生した。被災地では、特定の条件を満たす被災者に対して医療費の自己負担の特例的な免除措置が導入された。この特例措置は、被害が甚大な被災者に適応され、被災者は主に3県(宮城、岩手、福島)に存在した。そのような免除政策は、岩手・福島では、震災後から現在に至るまで継続されているが、宮城県では2013年4月から2014年3月の間一時的に中断された。我々は、このような社会の変化を「社会実験」とみなし、医療費の自己負担の変化により、医療サービス利用がどのように変化するかについて分析を行った。

本稿では、まず、都道府県別の月次のレセプト集計データを経時的に記述した。その分析により、非被災地と比べると、被災3県では、震災直後の医療サービス利用が減少し、その後まもなくして増加に転じたことが確認された。宮城県での自己負担免除措置の中断直前に、医療サービス利用の急激な上昇を認めた。同様の変化は岩手・福島では観察されなかった。この宮城で観察された自己負担免除中止直前の急激な医療サービス利用の上昇は、医科入院外・歯科で大きく、医科入院では小さかった。これは、宮城県ダミーと月次の交互作用項をもちいた差分の差(Difference in difference, DID)分析によっても確認された。

次に、市町村単位の2012年と2013年の年次の集計データをもちいて、被保険者の特性ごとの医療サービス利用の推移を、多変量線形回帰分析で検証した。その結果、自己負担3割のグループ(多くの成人、70歳以上の現役並み所得の高齢者)において、免除中断後に医療サービス利用の減少がみられたが、自己負担1割または2割のグループ(未就学児や70歳以上の一般的な所得の高齢者)では、医療サービス利用の変化がみられなかった。これは自己負担額(割合)の違いによるものであると考えられる。なお、この一時的な自己負担が必要だった期間において、"副作用"と考えられる死亡率の推移は、集団レベルのデータでは有意な変化は観察されなかった。

以上より、自己負担免除政策は、被災者、特に自己負担割合が大きな被災者の医療利用の障壁をなくすことに寄与した政策であったと考える。どの程度の期間、そしてどのような被災者が自己負担援助されるべきかについては、個人レベルのデータを用いた検討が必要であろう。