国際投資仲裁と並行的手続―国家法による規制、調整を中心として―

執筆者 中村達也  (国士舘大学)
発行日/NO. 2008年6月  08-J-025
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概要

本稿は、国際投資仲裁において生じる並行的手続の規制、調整に関し、近時これが具体的に問題となったLauder/CME事件を取り上げ、その問題点を見た上で、並行的手続を規制する仲裁手続に適用される法的ルールおよびこれを規制、調整するための条約レベルでの立法的解決の方法について検討するものである。

並行的手続は、投資家と投資受入国との間で生じる投資協定違反のほか、投資契約違反を原因とする複数の手続が並行するいわば客観的併合型のものがあれば、複数の投資家サイドと投資受入国との間で生じるいわば主観的併合型のものもある。典型的な例としては、Lauder/CME事件に見られるように、投資受入国の措置によって被った損害の賠償を求めて投資家が投資受入国に対し自らおよびその出資会社を通じて仲裁を申し立て、2つの手続が並行して進むという場合が挙げられる。このような並行的手続は、仲裁判断の既判力の抵触は生じないが、重複手続を強いられる投資受入国の負担、重複審理の不経済、判断の矛盾抵触という問題が生じ、これを規制、調整する必要があると考える。また、国際的に見ても規制、調整する必要があるというのが大方の見解であるが、この法的ルールについての支配的見解はなく、また、ICSID条約にもこれを規制、調整するルールは規定されていない。他方、Lauder/CME事件その他の並行的手続に関する仲裁判断例、裁判例はすべて重複手続を規制する要件として訴訟物の同一性を要求しているが、このような厳格な要件では、実際に生じる並行的手続を規制、調整することはできない。

国家法の適用を受ける投資仲裁については、同一の事件について複数の関連する紛争解決手続が並存するという共通の性質を有することから、国際訴訟競合を規制するルールが妥当すると考えられる。しかし、訴訟競合とは違い訴訟物の同一性は前提とはなりえず、また、並行的手続相互間で手続を併合するルールもないので、当事者の権利救済の保障という問題もあり、重複手続を規制する法理によって並行的手続を画一的に処理することは困難である。したがって、むしろ仲裁廷が事件管理に係わる手続指揮権の問題として、個別のケース毎に利益考量的な考察によって手続の中止の当否を判断することが適当であると考える。

次に、並行的手続を立法的に解決する方法については、既にICSID条約のほか、投資協定において選択条項(fork-in-the-road clause )、放棄条項(waiver clause)、併合規定(consolidation provision)などの並行的手続を規制、調整するための方法が採用されているが、いずれもこの問題を完全に解決するものではない。しかし、放棄条項の一部を修正するとともに、併合規定を併用することによって、現実に生じる並行的手続の多くを規制、調整することができると考える。このような並行的手続を規制、調整することは、投資家の権利救済のための紛争解決手続の選択肢が減ることに繋がることから、投資関係国が一致して規制、調整のための立法的措置を講じることにはならないであろう。しかし、かかる規制、調整は、手続の基本的理念に係わる普遍的価値を根拠とするものであり、また、Lauder/CME事件に見られるような判断の矛盾抵触という問題が現実に生じる危険は潜在的にあることから、並行的手続を規制、調整する仕組みを投資協定に盛り込むことが望ましいと考える。また、本稿では、並行的手続の規制、調整に関連する問題であり、またその前提問題となる、投資仲裁が国家法、わが国の場合仲裁法の適用を受けるかどうか、また、その仲裁判断がニューヨーク条約の適用を受けるかどうか、という問題についても若干の考察をしたが、結論としていずれも肯定されると考える。