投資仲裁の対象となる投資家/投資財産の範囲とその決定要因

執筆者 伊藤一頼  (静岡県立大学)
発行日/NO. 2008年5月  08-J-011
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概要

投資仲裁を通じて外国投資が投資保護協定上の保護を受けるための前提的条件として、当該投資が、協定上の「投資家」及び「投資財産」の定義に該当する必要がある。しかし、投資家/投資財産の定義に関する規定の解釈をめぐっては、これまでの仲裁判断において様々な問題が浮上してきている。

投資家の概念に関しては、国籍要件の解釈が重要な論点であり、これまでの仲裁判断では特に次の2つの問題が争われてきた。(i)投資家と投資母国との結び付きが弱く、実際には第三国の国民が当該投資家を支配している場合に、当該投資家は投資母国の国民たる資格で投資仲裁を提起できるか。(ii)投資受入国に設立された会社であっても、他国(投資保護協定の締約国)の国民により支配されている場合には、ICSID条約25条2項(b)に基づいて、受入国に対して投資仲裁を提起できるが、そこで言う支配とは、単に現地会社の株式を所有しているだけで十分なのか(=投資保護協定の非締約国にある親会社等が実質的な経営権を握っていても構わないのか)。こうした問題に対して過去の仲裁判断は、原則として投資保護協定や投資契約に示された当事国/当事者の意思を尊重する姿勢を示しており、保護対象となる投資家の範囲を限定する特段の規定がない限りは、上記の2つの場面でも仲裁の管轄権を認めてきている。もっとも、仲裁管轄の取得のみを目的として投資保護協定の締約国に便宜的な会社を設立したような場合には、仮にそうした投資家の保護を拒絶する規定が協定上になくとも、例えば法人格否認の法理などを用いて、仲裁廷が独自の判断で管轄権を否定する余地は残されている。したがって、保護対象となる投資家の範囲は、原則的には当事国/当事者が裁量的に決定できるものの、それが投資保護協定の趣旨目的に反するような帰結を招く場合には、仲裁廷は異なる結論を採ることもあり得る。

投資財産の概念に関しても同様の構図が成り立っている。すなわち、投資保護協定の締約国は、いかなる投資財産が保護対象となるかを裁量的に設定することができ、また外国投資が受入国の国内法に従うことを保護の条件とすることも可能である(国内法適合条項)。しかし、過去の仲裁判断によれば、例えばICSID条約25条における投資財産の概念には、各締約国の意図とは関係なく、仲裁の対象となる全ての投資が満たすべき最低限の要素が黙示的に含まれている。また、外国投資が受入国の法令に違反し、国内法適合条項を機械的に適用すれば仲裁の管轄権が否定されるようなケースでも、仲裁廷が当該事案の状況や投資保護協定の趣旨目的を勘案した結果、自らの合理性判断により管轄権を肯定する事例も現れている。このように、投資財産の概念についても、当事国の意思と仲裁廷の判断の組み合わせによって保護の範囲が決まることになる。