Research Digest (DPワンポイント解説)

中国の輸出に関してサプライチェーン全体の為替レートを考慮に入れた最近の研究成果

解説者 THORBECKE, Willem (上席研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0094
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経済史上、輸出主導型の成長は素晴らしい成功事例であった。韓国、台湾、ASEAN諸国、中国が日本に続きこのアプローチをとり、高い貯蓄率や投資率、柔軟な労働市場、実践的な政策などの条件にも後押しされ、国民の生活水準は向上した。しかし、中国の経済学者は、中国国民は経済成長と引き替えに大きな負担を強いられていると指摘する。最近のデータ分析の結果、中国はタブレットPCやスマートフォンなど高度な製品の輸出では黒字だが、労働集約型製品の輸出は赤字であることがわかった。ソーベック上席研究員は、中国や東アジアの為替レートが貿易に及ぼす影響、各国の高い外貨準備蓄積率などについて調査し、どうすれば貿易が均衡化するのかを検証した。

――研究プロジェクト実施の動機を教えて下さい。

輸出主導型成長は経済的奇跡をもたらしました。日本では、1950年代に大来佐武郎らがこの戦略を策定しました。1960年代には韓国と台湾がこのアプローチを採用し、1970年代に入ってASEAN諸国も後に続きました。輸出志向型アプローチは、官民の高い貯蓄率、物的資本・人的資本への高い投資率、柔軟な労働市場、実践的な政策を背景に、経済史上、最速で東アジア各国の1人当たり所得を押し上げたのです。

中国は1990年代に対外志向に転じ、それ以来、2種類の輸出が行われています。1つは加工品輸出で、主に東アジアから輸入された部品を用いて生産されたコンピュータなどの最終財です。2つ目は一般製品輸出で、主に国内の投入要素を用いて生産された財です。当初、一般製品といえば衣服や玩具のような低級品でしたが、ここ数年、スマートフォンなどの高度な製品も含まれるようになりました。1993~2013年までの20年で、中国の加工品輸出は20倍の8600億ドルに、一般製品輸出は25倍の1兆600億ドルにまで増加しました。

しかし中国の経済学者は、この成長モデルにはいくつかの問題があると指摘しています。第1に、生産要素市場の歪みによって中国の輸出競争力が人為的に高められています。人為的に低く設定された地価、実質金利、実質為替レート、さらに燃料・電気の管理価格や厳密に施行されていない環境法が生産要素市場を歪めており、中国国民は多額の外部費用を負担させられています。たとえば、大気汚染によって国民の平均寿命は大幅に縮まり、公害産業は国土を汚染し、癌の原因となる有害物質を吐き出しています。

第2に、人民元を競争的な水準に維持するため、数兆ドル規模にのぼる米長期国債など、巨額の外貨準備を蓄積しています。米国債へ投資することによって民間部門や社会に還元される利益は、中国の農村教育へ投資したり、非輸出部門に恩恵をもたらす形で経済的欠陥を是正することによって得られる利益をはるかに下回ります。さらに、外貨準備の蓄積によって通貨供給が増えます。中国人民銀行は流動性を吸い上げるため、市中銀行に中央銀行手形を強制的に割り当て、超過準備金を保有させています。これは銀行の収益を圧迫し、信用配分に介入することになります。また、大多数の労働者が雇用されている中小企業は、銀行融資を受けにくくなってしまいます。したがって中国の戦略は、かなり非効率な資源配分につながります。

第3に、人為的な人民元安により、中国の消費者から生産者に資源が移転されるという歪みが生じています。人民元が安いと消費者はより高い輸入価格を支払うことになりますが、生産者は輸出価格を低くおさえられます。

第4番に、中国の供給能力が非常に大きいため、中国の輸出を外国が吸収し続けられない可能性です。したがって、内需を拡大し、中国の労働者が自らの労働の成果を享受できるようにすることが特に重要です。

以上の理由で、中国の輸出の決定要因を理解し、どうすれば中国の貿易を均衡化できるのか興味を持っています。

――中国の貿易を調査するにあたり、どのようなデータや手法を利用しましたか。また、どのような問題がありましたか。

主に中国国内の投入要素を用いて生産される一般製品輸出の調査は簡単です。製品の付加価値のほとんどが中国国内で生み出されるため、人民元の為替レートが価格競争力の重要な決定要因になります。中国の政策立案者は、労働集約財は利益率が低く、人民元高になれば労働集約型製品の輸出が急落すると主張しています。

私はRIETIのディスカッション・ペーパー(DP)で、じゅうたん、衣類、織物、家具、編み物製品、皮革、編み糸について、中国の輸出を決定する要因を調査しました。以上の製品を含め、中国から30カ国への輸出に関するパネルデータを利用しました。各輸出相手国と人民元との間の二国間為替レート、輸出相手国の所得、そして労働集約型製品を輸出する主要な17カ国と各輸出相手国の間の二国間為替レートの加重平均を用いて、輸出を説明しようとしました。最後の変数は、第三国向け輸出における中国と他国との競争による影響を制御するために含めました。さらに、供給側の要因を制御するため、製造業における中国の資本ストックも含めました。

調査の結果、人民元高になると中国の労働集約型製品の輸出が大幅に減少することがわかりました。また、外国における所得の増加、競争相手国の通貨高、中国の資本ストックの増加によって、中国の輸出が増えることもわかりました。以上の調査結果は、中国の労働集約型製品の輸出は利益率が低いという主張と一致しています。また、低級品の輸出国の間には激しい価格競争があることも示されています。

一方、中国の加工品輸出を調査するのははるかに困難です。タブレットPCやスマートフォンの付加価値の大部分は、韓国、台湾など、主に東アジア諸国で生産された部品から生み出されています。したがって、加工品の価格競争力は地域全体の為替レートの影響を受けるのです。

一連のDPにおいて、加工品輸出の付加価値為替レートを構築しました。たとえば、近日発表予定のDPでは、中国の主要輸出先24カ国への加工品輸出に関するパネルデータを利用しました。サプライチェーン各国の為替レートを計算するため、中国と主要サプライチェーン9カ国について、加工品輸出の付加価値を計算しました。主要9カ国は、2013年に寄与度が高い順に、韓国、台湾、日本、アメリカ、マレーシア、タイ、シンガポール、ドイツ、フィリピンです。(中国を含む)サプライチェーン各国と、輸出先24カ国それぞれの二国間実質為替レートを統合したレート(IREER)を、説明変数として利用しました。さらに、輸出相手国の所得と中国の海外直接投資(FDI)ストックも、説明変数として加えました。中国のFDIストックを加えた理由は、加工品輸出の生産において外資系企業が重要な役割を果たしているからです。調査の結果、サプライチェーン全体の為替レートが加工品輸出に多大な影響力を持つことが示されました。

次に行った検証では、中国から全世界への加工輸出の総額を従属変数として用いました。説明変数については、中国以外の国のGDP、中国のFDIストック、そして中国の実質実効為替レート(REER)とサプライチェーン9カ国のREERをそれぞれ加工品輸出に占める各国の付加価値の割合で加重した値を利用しました。この変数は統合為替レートと呼ばれます。この結果によっても、サプライチェーン全体の為替レートと輸出先の国の所得が、加工品輸出に大きな影響を及ぼすということが示されました。

別のDPでは、中国の加工品輸出を2つに分類しました。1つのグループは、付加価値のほぼすべてが輸入部品によって生み出され、2つ目のグループでは、輸入部品と中国国内の部品の両方によって付加価値が生み出されています。回帰分析の結果、最初のグループはサプライチェーン各国の為替レートの影響のみを受け、2番目のグループはサプライチェーン各国の為替レートと中国の為替レートの両方から影響を受けることがわかりました。

図1はIREER、人民元のREER、サプライチェーン各国の加重平均されたREERを示しています。この図は、2005年第1四半期から2013年第4四半期にかけて、人民元が36%上昇したのに対し、IREERは14%の上昇に止まったことを示しています。理由は、サプライチェーン主要各国の為替レートが下がったためです。

図1:人民元実質実効為替レート(REER)、サプライチェーン各国の加重平均REER、両レートを統合したREER(IREER)
図1:人民元実質実効為替レート(REER)、サプライチェーン各国の加重平均REER、両レートを統合したREER(IREER)
出所:国際決済銀行、中国通関統計、国際通貨基金「国際金融統計」をもとに筆者が計算

人民元高によって特に中国の低級一般製品の輸出が減少しました。台湾や韓国などのサプライチェーン各国の通貨安による相殺効果で、加工品輸出の価格競争力は人民元高の影響をほとんど受けていません。このことは、中国の一般貿易が2007年の1000億ドル超の黒字から2013年には赤字に転落した一方で、加工貿易の黒字額が2007年の2500億ドルから2012~2013年には4000億ドル近くまで上昇した理由を説明するものです。低級一般製品の輸出は人民元の上昇に非常に敏感ですが、海外調達率の高い加工品輸出はそれほど影響を受けません。

――中国の対米貿易についてはどんなことがわかってきましたか。

中国は東アジアのサプライチェーン各国に対しては一貫して赤字、対米貿易では黒字です。図2は、中国の対米輸出とアメリカの対中輸出を示しています。この図が示すように、すべての品目で中国の対米輸出は急増しており、アメリカの対中輸出をはるかに上回っています。その結果、アメリカの対中貿易赤字が増加し、2013年には中国以外の国に対する貿易赤字の合計に匹敵するほどになりました。世界金融危機以降、アメリカは中国以外の国との間ではおおむね貿易均衡を取り戻していますが、対中貿易では不均衡が拡大しています。2013年、アメリカの対中輸出額は1200億ドルで、中国以外の国への輸出総額は1兆5000億ドルでした。つまり、アメリカの対中輸出額は中国以外の国への輸出額のほんの12分の1であるにもかかわらず、アメリカの対中貿易は中国以外の国との貿易と同額程度の赤字を生み出したわけです。

私は近日発表予定のDPの執筆にあたり、人民元の対ドルレートとサプライチェーン各国の為替レートが、中国の対米輸出にどのような影響を及ぼしたのかを調査しました。その結果、人民元の為替レートが中国の対米輸出にとって非常に重要であることがわかりました。したがって、人民元の対ドルレートの上昇を抑制する目的で、2013年時点において5000億ドル以上蓄積された中国の外貨準備は、図2に示されているように、巨大な貿易不均衡を維持する役割を果たしたのです。

図2は、中国の対米輸出がある意味、通常でないことを示しています。前述のDPでは、中国の対米輸出が外れ値なのかを調査しました。経済学者は重力モデルを使って、二国間貿易の流れを説明します。従来の重力モデルでは、二国間貿易は両国のGDPに正比例し、両国間の距離に反比例すると仮定しています。GDPと距離に加えて、一般的にこのモデルには、貿易相手国が共通の言語を使用しているかなど、二国間貿易にかかる費用に影響を及ぼすほかの要因も含まれています。

図2:アメリカの対中輸出額と中国の対米輸出額
図2:アメリカの対中輸出額と中国の対米輸出額
出所:米国勢調査局

図3は、2012年の中国の輸出の予測額と実績額を示しています。この図では、対角線よりも上に位置する値は輸出が予測を上回ることを示し、対角線よりも下に位置する値は輸出が予測を下回ることを示しています。観察値と対角線との間の垂直距離は、予測を上回る、あるいは下回る度合を表しています。この図では、2012年に中国の対米輸出額の予測値は2090億ドルで、実際には3950億ドルでした。つまり、中国の対米輸出は予測された額のほぼ2倍で、実績額と予測額との差は1860億ドルです。また、図3は、2012年の中国から韓国、台湾、日本、シンガポールへの輸出が予測をはるかに下回ったことも示しています。予測額と実績額の差はそれぞれ、韓国1070億ドル、台湾830億ドル、日本810億ドル、シンガポール220億ドルでした。予測された輸出額に対する割合でいうと、韓国42%、台湾32%、日本69%、シンガポール52%です。前述DPの研究の結果、2012年の中国から韓国・台湾への輸出が大きな負の異常値であったということが、とりわけ明白に証明されました。2007年以降毎年、中国の対米輸出は予想を1400億~1900億ドル上回り、韓国、台湾および日本への輸出は予測を500億ドル下回っています。

図3:2012年の中国から30カ国への輸出(実質額と予測額)
図3:2012年の中国から30カ国への輸出(実質額と予測額)
注:輸出の予測額は、1988~2012年における主要輸出国31カ国間の貿易について、重力モデルを用いて測定。
出所:CEPII-CHELEMデータベースをもとに筆者が計算

――本研究から得られる政策的意味合いは何でしょうか。

「人民元を競争的な水準に維持する目的で外貨準備を蓄積することは投資戦略として劣っており、不胎化によって流動性を吸い上げる関連政策は非効率な資源配分につながる」という中国の経済学者の主張は正しいと思います。アジアは、過去にうまく機能していた輸出主導型成長戦略からそろそろ脱却すべきだと思います。

問題は、アジア諸国はそれぞれ国内で為替レート戦略を立案していますが、各国の輸出品の多くは国境を越えた生産ネットワークの中で生産されていることです。2013年に最も多くの部品を中国に供給した国は、台湾と韓国でした。2005~2013年までの間、両国の経常黒字総額は、それぞれ平均GDPの約9%、約3%でした。しかし、この間に台湾のREERは下落し、韓国のREERの上昇率は5%にも達していません。台湾も韓国も通貨の上昇を抑えるため、外貨準備を蓄積していました。その後2014年に韓国ウォン高人民元安となりました。そのため東アジアの輸出の価格競争力はほとんど影響を受けず、欧米諸国に対しては引き続き多額の黒字を計上しています。

中国など、黒字国の中央銀行が協調的に外貨準備蓄積率を引き下げ、市場原理に任せれば、加工貿易黒字と経常収支黒字によって、輸出相手国の通貨に対して東アジア諸国通貨が全般的に押し上げられ、ひいては加工貿易の均衡化に役立つでしょう。そうなれば、第三国向け輸出における東アジア諸国間の競争も緩和されるでしょう。東アジア諸国が協調的に通貨を切り上げることによって、域内における為替レートの安定は維持され、生産ネットワーク内の部品の流れも円滑に進みます。また、外貨準備が国内流動性に及ぼす影響を不胎化することによって生じる非効率な資源配分についても抑えることができます。さらに、国民の購買力も高まり、最終財がアジアに向かうでしょう。2012年の輸入に占める消費財の割合はユーロ圏20%、アメリカ22%であるのに対し、中国、韓国、台湾いずれにおいても10%未満であることから、その効果が期待されます。

原文(英語:2014年7月31日掲載)を読む

解説者紹介

1988-2009 Associate Professor, Department of Economics, George Mason University Visiting Scholar Positions: ADB-Institute, Tokyo, Japan; Levy Economics Institute, Annandale-on-Hudson, New York; Social Security Administration, Washington, DC; Cowles Foundation for Research in Economics, Yale University, New Haven, CT.
主な著作物:"Are Chinese Imports Sensitive to Exchange Rate Changes?" China Economic Policy Review, 1, 2012, 1-15, (with Gordon Smith). "Foreign Direct Investment in East Asia," forthcoming in Sarah Tong, ed., Trade, Investment, and Economic Integration in Asia, Singapore: World Scientific Publishing (with Nimesh Salike).