Research Digest (DPワンポイント解説)

貿易政策に関する選好と個人特性―1万人の調査結果―

解説者 冨浦 英一 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0085
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貿易政策について、経済学者の間では「自由貿易のほうが良い」との意見が圧倒的だ。しかし、現実には保護主義的な動きは、深刻化すらしている。この背景には、従来の経済学ではとらえきれない個人の心理的要因などが存在する可能性があるとの考えから、冨浦英一FFはRIETIの「我が国における貿易政策への支持に関する実証的分析」研究プロジェクト(プロジェクトリーダー:冨浦FF)において、個人に対する大規模なアンケート調査を実施し、貿易政策に関する選好と個人特性の関係を、行動経済学の知見を取り入れながら分析した。

分析結果からは、管理的職種、高学歴者、また、所得や年齢が上がるほど輸入自由化を支持する傾向が示されるなど、政策的インプリケーションにつながる多くの知見が得られている。

なぜ貿易自由化への抵抗感が強いのか、個人への調査から究明

――どのような問題意識から、この研究に取り組んだのですか。

貿易政策については多くの理論的、実証的な研究が積み重ねられてきました。経済学では、理論的には、すでに「自由貿易の方がよい」という結論が出ているといってよいでしょう。「どの程度の速さで自由化するか」「どのようなやり方で自由化するか」といった点について意見の違いはありますが、「保護主義の方がよい」と主張する経済学者はまず存在しません。

しかし現実には、歴史を遡ってみても貿易を完全に自由化した国はありません。それどころか2008年のリーマンショックの後、新たな輸入制限措置を導入する国が相次ぎ、それをめぐる世界貿易機関(WTO)への提訴が増えています。つまり保護主義的な動きがむしろ深刻化しているわけです。その背景には、従来の経済学ではとらえきれない個人の心理的要因などが存在する可能性があるのではないかという問題意識から、個人への調査を思い立ちました。

――貿易政策選好について、個人に対する調査はどの程度行われていますか。

日本では、このような調査・研究をした事例は多くありません。政治学の研究者が色々な政策に対する支持をアンケートで調査したことはありましたが、今回のように経済学の観点から本格的に個人を対象に調査したケースは、私の調べた範囲では他に見つかりませんでした。

ただ欧米にはいくつかの先行研究があります。米国では大統領選挙のたびに世論調査が実施され、政策選好を尋ねています。多くの場合、輸入制限に対する意見も聞いており、自由貿易を支持するのか、それとも保護主義を支持するのかを、支持政党や従事する業種の違いなどによって分析しています。欧州などでは国ごとに自由貿易支持者の多さや保護主義の強さを比較した研究があります。

もっとも先行研究では、個人のもつ特性のうち、主に従事する業種や職種による貿易政策選好の違いを分析しています。輸入品と競合する財をつくっている業種に従事する人は保護主義に傾き、輸出品をつくっている業種で働く人は自由貿易を支持すると予想されますが、そうした仮説を検証しているわけです。また国際分業の比較優位という観点から見れば、日本のような先進国では単純労働に就いている人は保護主義に傾き、高度な専門技能を持つ人は自由貿易を支持すると考えられます。それらを検証した研究もあり、だいたい予想される結論が得られています。

――DPの副題に「1万人の調査結果」とありますが、アンケート調査としては、かなり大規模ですね。

経済学の分野では多くの調査が行われ、RIETIの研究でも、さまざまな調査が実施されてきました。ただし企業を調査対象としたものが主体で、本研究のように個人に調査したケースは多くありません。

欧米の先行研究では、サンプル数は1カ国当たり数百人、多くても数千人です。本研究の調査対象は約1万人ですので、その点でも特筆されると思います。サンプルの抽出においては、現在の日本の縮図となるように年齢、性別、地域についてバランスをとりました。調査対象の個人は調査委託会社に登録しているモニターから抽出しましたが、①全国10地域の人口構成比、②20~79歳まで5歳刻みの人口構成比、③男女の人口構成比――が、2010年の国勢調査に近付くよう設定しました。

また、調査はインターネットで行いましたが、ネット利用度の低い高齢層が抜け落ちるのを防ぐため、70歳以上の女性に対しては調査票を郵送し、実際の日本の年齢構成に近付けました。高齢者が増えると自由貿易への支持は強まるのか、それとも弱まるのかというような問題意識はこれまで希薄でした。しかし、高齢化の先進国である日本でそれを分析すれば、日本に続いて高齢化する海外諸国で貿易政策への選好がどう変化するかを占える可能性もあります。

農林水産業の従事者は輸入自由化に反対、管理的職種は自由貿易を支持

――業種や職種による貿易政策選好の差は確認できましたか。

農林水産業の従事者に輸入自由化に反対する人が際立って多いことが確かめられました。これは予想通りでした。ただ、その他の業種の間では明確な違いを見出せませんでした。事前の予想では、輸出依存度の高い業種に従事する人ほど自由貿易を支持するのではないかと考えていたのですが、統計的に有意な差は認められませんでした。また、サービス業の従事者と製造業の従事者では貿易自由化に対する考え方が違うのではないかと予想したのですが、これも統計的に有意な差はありませんでした。

もう1つの労働市場的特性は職種です。「管理的職種」では自由貿易の支持者が明確に多いことがわかりました。なお、他の職種の間では差が小さく、統計的に有意ではありませんでした。

図1:輸入自由化と職種
図1:輸入自由化と職種

男女間に明確な差、年齢が上がるほど自由貿易を支持

――性別、年齢、学歴などによる差はありましたか。

性別による差は、はっきり確認できました。男性の方が自由貿易への支持が強く、女性の方が保護主義的でした。性別による差は、欧米の先行研究でも確認されています。ただ男性と女性では職種、教育、所得などに差がありますから、それらの要因をコントロールしても、なお男女差があるのかどうか調べる必要があります。

年齢と貿易政策選好にも、明確な関係がありました。意外なことに、年齢が上がるほど自由貿易を支持する人が多かったのです。年齢が高いほど管理職の比率が高くなり、そのために自由貿易を支持する傾向が強くなるのかもしれません。また、引退後は、生産者の立場を離れて、消費者の視点で考えるようになるので、貿易自由化の支持が強まる可能性があります。純粋に年齢効果なのか、それとも職種等の効果が強いのかといったことが、今後分析すべき課題でしょう。

学歴や所得による差も明瞭で、学歴の高い人、所得の多い人は輸入自由化を支持する傾向が見られました。これは米国の先行研究でも確認されています。

図2:輸入自由化と年代
図2:輸入自由化と年代

行動経済学の知見を活用、個人特性と貿易政策選好の関係を分析

――行動経済学の知見を取り入れているのも特徴ですね。

国全体にとっては自由貿易の方が好ましいわけですが、反対することが合理的と考えられる個人も存在します。たとえば輸入品と競合する財を作っている業種に従事する人や、先進国で単純労働に就いている人です。ただ海外の先行研究を見ても、業種や職種といった労働市場的な特性だけでは、個人の貿易政策選好を十分には説明できていません。

そこで行動経済学の知見を取り入れました。経済学では通常、個人を合理的に選択・行動する存在とみなしますが、行動経済学では現実の人間行動を観察し、何が起きるかを究明しようとします。世の中には、個人が合理的な最適化行動から逸脱するケースがたくさんあります。これは「心理的バイアス」などといわれ、ファイナンス分野などに応用されていますが、貿易分野にはあまり取り入れられていません。行動経済学の知恵を借りれば、さまざまな個人が自由貿易に反対する理由を説明できる可能性があると考えました。

――行動経済学的な分析では、まずリスク回避(risk aversion)性の高さと貿易政策選好の関係を分析していますね。

リスク回避とは文字通り、リスクを嫌う行動を指します。その影響を見定めるため、宝くじの購入に関して質問しました。まず「100分の1の確率で100万円が当たる1枚2,000円の宝くじを買うか」と尋ねたところ、「買う」は37.8%、「買わない」は62.2%でした。次いで、「2分の1の確率で2万円が当たる1枚2,000円の宝くじを買うか」と尋ねたところ、「買う」は68.4%、「買わない」は31.6%でした。

2種類の宝くじの期待値は同じですから、リスク中立的な個人は、前者の宝くじを買うなら後者も買うはずであり、前者の宝くじを買わないなら後者も買わないはずです。しかし実際には当選確率の低い宝くじは買わない人、つまりリスク回避性の高い人が多いわけです。こうした人は、自分の職業や所得に悪影響が出るリスクを危惧して輸入自由化に反対するだろうと予想したのですが、その通りの傾向を確認できました。

――保有効果(endowment effect)の影響はいかがでしたか。

保有効果とは、持っているものを手放すことを避けたがる人間行動を指します。この影響を調べるため、同じ宝くじについて、すでに保有している場合に売却する意思があるかどうか質問しました。同じ宝くじなのですから、「買うなら売らない」はずであり、「買わないなら売る」はずです。ところが約40%もの人が「買わないが売らない」と答えました。

こうした保有効果の影響を受けている人は輸入自由化に反対するだろうと予想していましたが、その通りでした。リスク回避の影響だけを受けている人なら、国などが所得補償などの保険的な措置を講じることによって貿易自由化を前進させることが可能ですが、保有効果の影響を受けている人の場合、保険的な措置だけで自由化支持に変化させることは難しいでしょう。こうした人に考え方を変えてもらうには、①自由化によって状況が大幅に改善することを理解してもらう、②現状を維持するためには潜在的で気がつきにくいが大きなコストがかかっていることを理解してもらう――などが必要と考えられます。

――損失回避(loss aversion)性の高さは貿易政策選好と関係がありますか。

同じ額でも「利益」と「損失」では「損失」の方がより強く印象に残り、多くの人がそれを回避しようとします。これを行動経済学で損失回避といいます。この損失回避性の高さと貿易政策選好の関係を分析するため、将来的に一定確率で発生する損失に対する保険に加入するかどうか尋ね、それと輸入自由化に関する選好の関係を分析しました。しかし、今回のデータでは、損失回避行動が輸入自由化への反対につながっているとまではいえませんでした。

図3:輸入自由化と宝くじの購入行動と売却行動
図3:輸入自由化と宝くじの購入行動と売却行動

教育水準の向上が重要、政策メニューの見せ方にも工夫が必要

――本研究の成果から、どのような政策インプリケーションが導き出されますか。

まず業種についていえば、農林水産業に従事している人は貿易自由化に明確に反対です。業種特性によって貿易政策選考が決まっているわけですから、特定の業種に対する政策が意味を持つと思われます。

また前述のように学歴と貿易政策選好の間には明確な関係があります。さらに高学歴の人には、保有効果の影響を受けにくいという特徴があります。したがって長い目で見れば、教育水準を高めることが自由貿易の推進に重要な役割を果たすといえるでしょう。

さらに心理的なバイアスが貿易政策選好に関係しているわけですから、政策メニューの提示の仕方によって、有権者の反応がかなり変わってくる可能性があると考えられます。一例を挙げれば、①貿易を自由化した場合、いかに大きなメリットが生じるのか、②現状を維持した場合、どれだけ多くのコストがかかっているのか、③現状を維持した場合、どれだけ多くの利益を逸失しているのか――などを正確、かつわかりやすく説明すれば、政策選好が変化する可能性があります。

――政策メニューの見せ方が、自由貿易の支持拡大につながるということですか。

経済学者は通常、合理的な選択をする個人から成り立つ国を想定し、政策の中身さえ良ければ、それが選択されると考えます。基本的に、メニューの見せ方が政策選好に影響するとは考えません。しかし現実に国というのは、心理的なバイアスを持つ個人の集積です。これを念頭に置いて政策メニューの提示方法を考える必要があります。

米国で、行動経済学的な政策提言について書かれた"Nudge"という書籍がベストセラーになりました。Nudgeとは、「そっと突く」「一押しする」というような意味で、政策の見せ方として政府に、①望ましい道筋を、国民が選びやすいように提示する②決して強制はせず、反対も許容する――といった手法を提言しています。これは確かに有効な方策かもしれません。貿易政策についても、提示の仕方によっては自由貿易を支持する人が増える可能性があると思います。

――今後の研究について教えて下さい。

国際経済政策に関する選好と個人特性の関係について、RIETIの「わが国における貿易政策への支持に関する実証的分析」研究プロジェクトにおいて継続して研究することが決まっています。そこでは、本研究ではあまり取り上げなかった部分に踏み込む予定です。

本研究で重点的に分析したのは、個人特性と輸入自由化に対する考え方の関係です。しかし調査では輸入自由化のほかにも、日本企業の海外移転、外国人労働者、国内制度の国際的共通化などの国際経済政策について質問を行いました。概観としては、輸入自由化を支持する人はほかの国際経済政策も支持する傾向が見られましたが、微妙な違いも観察されました。たとえば「輸入自由化には反対だが、国内制度の国際的共通化には賛成だ」「輸入自由化には賛成だが、外国人労働者には反対だ」といった人がいます。こうした人がどのような個人特性を持っているのかを、これから分析します。また、高齢化について、業種、職種、学歴、所得といった特性をコントロールしても年齢効果があるのかどうか明らかにしたいと考えています。年齢効果が明らかになれば、高齢化が進む世界で大きな意味を持つでしょう。

さらに、地域の特性についても、詳しく分析する予定です。「自分自身は農林水産業に従事していないが、農林水産業の従事者の人口構成比が高い地域に住んでいる」「外国人が多く居住している地域に住んでいる」のような人々が国際経済政策についてどのような考え方を持っているのかを明らかにしていきたいと思います。

解説者紹介

1984年東京大学経済学部卒業、通商産業省入省。1992年MIT Ph.D. 取得。1995-1998年信州大学経済学部 助教授。1998-2000年通産省法令審査委員、大臣官房企画調査官。2000-2005年神戸大学経済経営研究所 助教授、教授。2005年3月より横浜国立大学 教授。主な著作:"Foreign Outsourcing, Exporting, and FDI: A Productivity Comparison at the Firm Level," Journal of International Economics , Vol.72, pp.113-127, 2007. "Industrial Relocation Policy, Productivity, and Heterogeneous Plants: Evidence from Japan," Regional Science and Urban Economics , Vol.42, pp.230-239, 2012.