Research Digest (DPワンポイント解説)

少子高齢化対策と女性の就業について-都道府県別データから分かること-

解説者 宇南山 卓 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0053
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どうして日本では女性の労働力率が他の先進諸国と比べて低く、出生率も低いのだろうか。女性労働と出生率に関しては「働く女性が増えたから子どもが減った(女性労働力率が上がったから少子化になった)」や、「子どもを産むから女性は辞める(出生率と女性労働力率は負の相関)」など、さまざまな議論が並立している。こうした中、宇南山卓FFは、都道府県別のクロスセクションデータを用いて、女性労働と結婚をめぐる問題を経済学の最大化問題に帰着させることにより、その因果関係を明らかにした。

現在では、結婚・出産をする人が多い都道府県の方が女性労働力率は高い。これは、過去25年間で結婚による離職率が高い都道府県ほど結婚経験率が大きく低下した結果だ。少子高齢化に対応するには、女性の結婚・出産による離職率を低下させることが重要だ。また、離職率を引き下げるには保育所の整備が有効で、育児休業制度や3世代同居率との関連は低いと指摘する。

女性の就業と結婚・出産の因果関係を整理

――先行研究について、何か問題を感じられましたか。

最初に感じたことは、仕事と結婚・出産のどれが原因で、どれが結果なのかがはっきりしていないということです。たとえば、ある論文には「女性が子どもを産まなくなったのは仕事をしているためである」と書かれていますが、別の論文には「女性が仕事を辞めるのは子どもを産んだためである」と書いてあるのです。確かに、因果関係は単純では無いと思いますが、女性が何を目的に色々な意思決定をしているのかが、ほとんどブラックボックスの状態でした。そこで今回の研究では、女性の労働と結婚をめぐる問題を、「制約条件は何で、何を最大化していて、その結果見られる行動とは何なのか」という経済学の最大化問題に帰着させてみようと考えました。

――どのように分析をされたのですか。

1980年から2005年までの国勢調査の都道府県別・年齢別の婚姻状態・労働力状態のクロスセクションデータを用いて、都道府県別に女性の結婚経験率、合計特殊出生率、労働力率や保育所の整備状況を見ました。また、女性が結婚によって離職する状況を観察するためには、同じ女性が結婚前後で就業状況が変化するかどうかを知ることができるパネルデータが必要です。しかしながら、日本にはそうした大規模かつ長期的なデータ蓄積に基づくパネルデータが無いため、都道府県別・生年別のコーホートデータを作成して擬似パネルデータとして分析を行いました。コーホート分析は1985年頃から使われている手法です。たとえば、結婚経験率について、横方向に年齢階級別のクロスセクションデータ、縦方向に時系列の推移を並べた表を作ります。1980年に25~29歳だった人は1985年に30~34歳になりますので、データを左上から斜め右下方向に見ることで理論的には同じ人間の集団を追跡することができ、パネルデータのように扱うことができるわけです。

出産についてのコーホートデータを構築することは困難でしたので、今回は結婚=出産とみなして分析しています。ただし、社会保障・人口問題研究所の「人口統計資料集」によれば9割以上の夫婦が結婚後5年以内に第1子を出産していますので、大きな問題ではないと思います。

結婚後の就業継続が困難だと女性は結婚を躊躇する

――分析の結果、何が分かりましたか。

まず、都道府県別の合計特殊出生率、結婚経験率と労働力率には正の相関があること、つまり、結婚・出産をする人が多い都道府県ほど労働力率が高いことがわかりました。次に、このメカニズムを説明する要因として、以下の3つの事実を指摘します。

1)結婚によって多くの女性が離職しているのですが、離職率は都道府県ごとに大きく異なることが分かりました。つまり、結婚・出産と就業のトレードオフの関係には、大きな地域差があるといえます。さらに、その離職率はどの都道府県でも時系列的にほとんど変化していません。これまでさまざまな仕事と育児の両立支援策がとられ、確かに日本の労働力率のM字の底は時系列で浅くなってきましたが、結婚した女性の就業継続の状況は過去25年間で変化していなかったのです。

図1:女性の年齢別労働力

2)1980年以降は全ての都道府県で結婚経験率の低下が観察されます。その低下幅は結婚による離職率が高い都道府県ほど大きいことがわかります。たとえば、結婚による離職率が高い大都市部では、結婚経験率の低下幅も大きかったのです。3)都道府県にかかわらず、20歳時点で結婚している女性は3%未満で、就業・就学している割合が9割以上です。

つまり、20歳前後では都道府県ごとの結婚経験率および労働力率の差はほとんどありません。しかしその後、数年から十数年のうちに多くの女性が結婚をするため、都道府県間の違いが生まれます。1)の事実から、結婚による離職率が高い都道府県ほど労働力が低くなります。1995年までに全ての都道府県で結婚経験率が低下しましたが、2)の事実に従い、結婚による離職率が高い都道府県ほど結婚経験率が大きく低下しました。つまり、結婚による離職率が高い都道府県は、労働力率が低くなおかつ結婚経験率も低い都道府県となったのです。具体的には首都圏などの大都市部を有する都道府県が該当します。分析結果からは、結婚後の就業継続が困難であると女性が結婚を躊躇する、という因果関係があると考えられるので、少子高齢化に対応するには、女性の結婚・出産による離職率を低下させることが重要だということになります。

実は有効ではない、育児休業と3世代同居

――そのために、どのような施策が有効なのでしょうか。

本研究では、先行研究で女性の就業継続と密接に関連していると考えられてきた、育児休業制度・3世代同居率・保育所の整備状況について、計量経済学的な性質に注目して検討しました。

結論からいえば、育児休業制度と3世代同居率については、離職率を規定する重要な要因とは考えられません。特に、育児休業制度は、全国的に導入されているため地域差も小さく、結婚による離職率を説明する計量経済学的な力はほとんどありません。

3世代同居率については、都道府県別のクロスセクションでは結婚による離職率と強い相関を持っています。これは、「3世代同居は、祖父母の助けを得られるから女性が出産後に仕事を続けられる、共働き子育てがしやすくなる」との通説とも合致します。しかし、ここには、①同居しているから結婚したのか、結婚したから同居したのか」の因果関係がはっきりしないという「内生性」の問題と、②ある特定の要因が二つの変数に影響を与えている場合に、その二つの変数にはもともと因果関係が無くても関係があるように見えてしまうという「見せかけの相関」、の2つの問題があります。

たとえば、3世代同居が多い県は、保守的な土地柄で、そのため女性は「結婚しなければならない」「結婚したら親と同居するべきだ」という規範が強く、結果として3世代同居が多いということもありえます。

研究を行う上で、ある要素と別の要素に相関がある場合に、それが因果関係であるのか否か、計量経済学的に「識別」しなくてはなりません。うまく識別できない場合には、A)2つの要素には関係があるように見えるが、内生性の問題があるかもしれないから、因果関係があるとはみなさない、という「禁欲的」な立場と、B)2つの要素に見せかけの相関である積極的な証拠が無い限り(たとえ内生性の問題があったとしても)因果関係と見なしておこう、とする「積極的」な立場があり、通常は、それぞれの学者の考えで、どちらかの立場が選択されています。今回の分析では、「禁欲的」でも「積極的」でもなく、地域差はあるが時系列的には安定しているという計量経済学的な性質に注目することで、因果関係は無いことを科学的に識別したのです。もし、因果関係があるならば、富山県のように三世代同居率が高い地域でもその率は下がっており、同県の結婚による離職率に影響を与えるはずなのです。

保育所の整備状況は「潜在的定員率」で判断を

――保育所の整備状況は、女性の結婚と離職の関係を説明できる要因でしたか。

保育所の整備状況については、これまでもさまざまな政策目標として示されてきました。待機児童数や0~6歳児と保育所の定員数の比である「保育所定員率」でみれば時系列的に改善してきています。しかし、仮に保育所が不足しても、結婚・出産も減少すれば、これらの尺度は改善する可能性があるため、この尺度をそのまま使っても正しい実態把握につながらないと考えました。

そこで、25~34歳の女性の人口と保育所の定員の比率である「潜在的定員率」を定義し、未婚者を含めた潜在的な保育需要に基づいて女性が直面する保育所の整備状況を評価しました。この潜在的定員率は、大都市部の都道府県では低く、日本海側の各県では高くなっており、大きな地域差があります。一方、多くの政策にもかかわらず、時系列的にはほとんど変化していません。つまり、計量経済学的に、結婚による離職率を説明できる性質を持っています。先行研究でも就業継続に対する効果が認められており、保育所こそ結婚による離職率の主要な決定要因と考えられるのです。

図2:結婚による離職率:大都市部と日本海各県

データが時系列で安定していることは強み

――学術的な観点から、本研究の成果をどのように捉えていらっしゃいますか。

まず第1に、女性の就業と結婚の両立というものを統計的に考える際の大前提として、制約条件と意志決定の結果を切り分けたことです。「結婚による離職率」は両立の可否を測る尺度、つまり個人にとっての制約です。一方で、「女性の就業率」や「子供を持つ女性の就業率」は意志決定の結果であり、そのままでは両立の可能性がどのように変化してきたかを検証することはできないのです。

第2に、結婚による離職率は都道府県で大きく異なりますが、「時系列的に安定である」ことを示したことに意義があります。本研究がデータとして扱った1980年から2005年までの間には、女性の就業に関連がありそうな出来事がいろいろありました。たとえば、男女雇用機会均等法の施行は女性の労働意欲を引き出した可能性がありますし、バブル期には女子学生の就職動向も現在より良かったことなど、一般的には女性労働に影響を与えると思われる出来事は多いものの、都道府県別データが時系列で安定していました。したがって、結婚による離職を説明する要因も、同様の性質をもっていなければならないことを指摘しました。これは、かなり強固(Robust)に成立する性質だと思いますので、今後の理論的研究やモデル構築をする際に、資料として利用もらえることを期待しています。

第3に、結婚による離職を説明する具体的な要因として、保育所の整備を指摘した点です。

未婚者の「出会いがない」という言葉の裏にあるものは

――「出会い」の促進が、未婚率の改善や少子化対策になるという主張が聞かれますが。

未婚率の改善策を経済学的に考えるためには、まず、過去30年で何が一番変化したのかをみる必要があります。確かにアンケートでは「出会いの機会」が減少したことを挙げる人が多いようです。しかし、この答えも女性の賃金が上昇したことと整合的に理解することはできます。所得の高い女性にとって、結婚による経済的なメリットはが薄くなっています。結婚による離職率が依然として高いことを考えると、女性は自分の年収を相当程度上回る年収を結婚相手に求めることになります。しかし、男女の賃金格差は縮小しており、そうした出会いは必然的に減っているわけです。

単純に論理だけを追うならば、時計の針を戻して男女賃金格差を再び広げれば、結婚率は上昇することになりますが、それは非現実的です。現在の社会状況を踏まえ、実像を論理的に正しく捉えた上で少子化対策を考えると、先に述べたように保育所の整備を進めることが挙がってくるのです。

保育所整備で女性労働力率も結婚率も上げられる

――本研究から、どのような政策インプリケーションが得られますか。

結婚経験率の低下は、仕事と結婚の両立が困難であるという社会的な環境がもたらしたものと考えられます。結婚による離職率を引き下げれば、労働力を引き上げるだけでなく、結婚を促進する効果も期待できるため、結婚による離職率の高い都道府県を低い都道府県に近づけることができれば、日本全体の労働力率と結婚経験率の改善策となります。

結婚による離職率を引き下げるための具体的な政策としては、保育所の整備が有効でしょう。ただし、今回の指摘は、あくまでも「単に統計の性質上、最も有力だ」といっているだけですので、本当に保育所とはそんな決定的な要因になりうるのか、どのような保育が重要なのか、負担は誰が持つべきか、また、他に同様の性質を持った要因は無いのか、といった研究が今後行われる必要があります。

――今後のご研究についてお聞かせください。

今後、家計を対象とした政策が増えてくる可能性がありますが、日本における家計行動に関する研究は十分とはいえません。引き続き、政策と家計行動の関係についての研究を続けていきます。RIETIでは、児童手当が少子化対策として役に立つのかどうか、また消費税の導入は家計行動にどのような影響をおよぼすのかどうかについて研究を行う予定です。

解説者紹介

1997年東京大学経済学部経済学科卒業。同大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士号(経済学)取得。慶応大学総合政策学部専任講師、京都大学経済研究所講師を経て、2006年より現職。
主な著作は、"The Engel Curve for Alcohol and the Rank of Demand Systems," Journal of Applied Econometrics, vol. 21. pp.1019-1038. (2006) など。