Research Digest (DPワンポイント解説)

液晶産業における日本の競争力

解説者 中田 行彦 (一橋大学大学院経済学研究科)
発行日/NO. Research Digest No.0014
ダウンロード/関連リンク

液晶ディスプレイ産業は日本メーカーの独壇場だったが、1990年代後半に参入した韓国・台湾に抜かれ、現在は大きく水を開けられた。他の産業でも繰り返されてきた構図にみえるが、液晶の場合、日本が独創的な技術開発で世界をリードしていた産業である点が異なる。立命館アジア太平洋大学の中田行彦教授は、その原因を分析したうえで、日本の製造業全体に通じる国際競争力強化の方策として、「コアナレッジ」を国内に形成したうえで世界を見据えた生産資源の最適配置を行う「コアナショナル経営」の概念を提案する。

――研究対象として液晶産業に注目した理由をまず教えてください。

液晶は19世紀に欧州で発見され、その材料が米国に渡ってRCAの研究所が液晶ディスプレイを発明したのが1968年です。しかし、実際に電卓に用い商品を市場に投入したのはシャープであり、以降、動画のためのTFT(薄膜トランジスタ)液晶を使った3インチ程度の携帯テレビ、さらに14インチの液晶テレビと、液晶を事業化、産業化したのは日本のメーカーでした。この点が半導体産業などとは大きく違うところです。ところが1996年ごろから韓国、99年ごろから台湾が参入すると、数年のうちに日本は生産量で追い抜かれてしまった。なぜこれほど急激に抜かれてしまったかをきちんと評価しておく必要があります。このケースを分析することは、今後の日本の製造業の競争力強化を考えるうえで非常に重要です。

そして、私自身がシャープで液晶事業に携わってきたことです。シャープには33年間在籍し、最初に取り組んだのが薄膜太陽電池ですが、実はこの太陽電池に使うアモルファスという材料は、液晶に使う薄膜トランジスタと一緒です。1992年に液晶技術部門に移り、次世代液晶の開発のほか、生産技術に近い部分も手がけ、米国シャープアメリカ研究所ではシリコンバレーでの新技術の探索や技術移転も担当しました。今回の研究ではその経験も生かして、アジアの液晶関連企業の技術・事業の調査やインタビュー調査も行っています。その結果を踏まえてこの論文では、液晶産業における日本の競争力の源泉は何なのか、なぜ韓国、台湾に敗れたのか、そこで日本企業はどのような戦略を立てたのかを順に分析しています。

――研究の方法論として、まず「アーキテクチャ」「ナレッジ・マネジメント」の理論から液晶産業を分析していますね。

まずアーキテクチャの面から言うと、例えば半導体が標準化された装置と標準化された工程による、いわゆる「モジュラー型」の産業なのに対し、液晶では標準化されたサイズや標準化された装置などがありません。後で述べるようにいかに他社より大きな液晶パネルを生産するかが競争力を左右するため、カスタマイズされた装置とカスタマイズされた工程による「擦り合わせ型」の産業だといえます。また、ナレッジ・マネジメントの面から言うと、設計ルールが形式知としてオープンにされない「暗黙知」がベースです。アーキテクチャとナレッジ・マネジメントの2つの先行研究から言うと、日本の液晶産業の競争力は「暗黙知の擦り合わせ」にあったと分析できます。

図1 アジアの液晶産業の競争戦略を分析するための本研究の方法論

韓国・台湾と投資戦略で大差

――ところが日本の液晶産業の競争力は急激に低下した。生産能力シェアでみると日本は1997年に約80%あったのが2006年には約13%。同年の韓国、台湾は約38%、約45%です。なぜこれほど差がついたのでしょうか。

最も大きな理由は、韓国、台湾が日本より積極的、かつビジョンを持って液晶事業に投資したことです。液晶産業の最も基本となる競争原理は、液晶パネルを取るためのガラス基板の大型化であり、約3年で1.8倍のペースで大型化するという法則があります。基板を大型化すれば、(1)他社より大きな(大画面テレビに使える)液晶パネルを取れる、(2)1枚から取れるパネルの枚数(面取り数)が増加するので、生産性が向上する、(3)不良品が発生した場合の歩留まり率が向上する(基盤に1カ所不良要因が発生するとすると、面取り数が増えるほど、良品率が向上する)、(4)単位当たり材料の使用量を減らすことができ、コストダウンにつながる――というメリットがあり、格段に優位に立ちます。

ただし、そのための設備投資金額が非常に大きいうえに、投資の決断から目標とする生産能力を得るまでには、最短でも1年半はかかります。日本企業の場合、設備投資は前期の利益に左右されるために、大きく後れをとってしまった。これに対して特に韓国はビジョンを持って投資したといえます。2000年前後をみると、日本は1999年の好況時に大きな利益をあげたので2000年に大きな投資をしたが、それが稼動した2001年には需要が低下して大きな損失を計上、以降はシャープを除いて大型投資の決断ができなかった。一方で韓国は液晶産業が最も苦しんだ2001年に投資を決断しています。

また、先ほど述べたように液晶は擦り合わせ型の産業なので、技術移転が本来は困難なはずでした。ガラス基板を大型化するための装置も、いわゆる標準化装置ではなく、それぞれカスタマイズされた装置なので、急激な技術移転は起こらない。ところが、他の世代に比べて大量に生産された第5世代の液晶生産装置が、「暗黙知」を組み込んだ生産性の高い装置だったゆえに、これを用いて生産ラインを建設することが、他の世代に比べて容易だった。いわば摺り合わせ型産業において技術流出が起こったのです。

さらに、日本は「先発者」として第5世代以前の装置に大きく投資していたために、それが負の遺産となった面があります。先ほど述べたガラス基板拡大の競争原理で、あとで投資した韓国や台湾のメーカーが「後発者利益」を享受したことになります。

図2 韓国、台湾、日本の第5世代以上の液晶製造装置の占有率(基盤面積ベース)

メタナショナル経営からの示唆

――グローバルな競争の中で日本の産業はどうやって競争力を保ち強化するか。そのキーワードとして「メタナショナル経営」が最近強調されてきました。今回の研究の方法論の1つにもなっています。

「メタナショナル経営」はご承知のとおり2001年にイブ・ドーズ教授が提示した新しい概念です。世界規模に分散した知識や能力を海外に求めて競争力を構築するもので、日本企業にとっても大いに示唆を与えるものでした。

しかし、メタナショナル経営は、例えばフィンランドのノキアのように、いわば「間違った場所に生まれた企業」がその弱みを克服するために世界中から知識を集める、というのが本来の概念です。センシング(知識の察知)、モービライジング(外部連携による知識の移動)、オペレーティング(新しく生み出した知識の世界規模での運用)の3つの過程で強みを構築していくもので、自前主義、自国主義の克服には確かに参考になります。

しかし、日本の製造業を考えると、競争力の源泉である「コアナレッジ」は日本国内に求めるべきです。それをグローバルに展開して利益を最大化する「コアナショナル経営」の概念が、私の新しい提案です。もちろん、「自前」「自国」を強調しすぎるとグローバルな展開はできません。あくまで自国がベースですが、場合によっては他の国の知識や能力を使って事業価値を最大化するのが、「コアナショナル経営」の概念です。

――日本での液晶パネル生産を「コアナレッジ」として世界各国で液晶テレビを生産するシャープをその典型としていますね。

シャープの場合、1998年に町田勝彦氏が社長を引き継いだ際、「オンリーワン戦略」と呼ぶ、選択と集中の経営戦略を実行しました。当時世界20位程度だった半導体事業は絞り込んで、液晶事業に大きな投資を行った。さらに液晶の中でも、コモディティ(日用品)化するパソコンのディスプレイだけでなく、液晶テレビという「オンリーワン商品」にも力を入れました。また、三重県亀山に大型ガラス基板を生産する亀山工場を建設し、既存の三重県多気の工場、および関連する装置・材料・部品などのメーカーを集積した「クリスタルバレー」を形成しました。そこで「暗黙知の擦り合わせ」を行い、液晶事業における「コアナレッジ」を形成する拠点となった。

これにより亀山ブランドで高画質、高品質な液晶テレビを生産し、世界中で最も厳しい日本市場で高いシェアを獲得しました。ところが、北米と欧州の市場が予想以上に早く立ち上がったために、シャープの世界でのシェアは低下しました。この問題を解決したのがメタナショナル経営からの示唆です。北米も欧州も、組み立ては現地で行うが、液晶パネルは亀山から送る計画です。しかし亀山のパネルだけでは需要を満たすのに十分ではない。まだ高画質のニーズが高まっていていない欧州向け等は台湾の液晶パネルをOEMとして受け入れて持っていくことで欧州市場等でのシェアを拡大していく戦略です。

コアナレッジはローカルで

――一方でソニーはメタナショナルな戦略をとっていると論文でも分析しています。

ソニーはトリニトロンという独自のブラウン管技術を持っていたゆえに、薄型テレビ時代になっても、コアナレッジとなる液晶、プラズマで自社開発した技術を持っていなかった。技術経営からみれば経営判断の誤りですが、それを克服するために韓国サムスンと合弁会社をつくり、キーデバイスである液晶ディスプレイを安定的に確保する戦略をとった。自前の薄型ディスプレイを持たないという弱みを、ナレッジの察知(センシング)と、連携による知識の移動(モービライジング)というメタナショナルな経営で克服したといえるでしょう。

ただし、メタナショナル経営一般の課題として、重要なコアナレッジほど、モービライジングが難しいという問題があります。ソニーの場合は成功しましたが、いつでもナレッジを得られるとは限りません。距離が離れると、ナレッジ・マネジメントは困難になります。その意味で、ナレッジはグローバルな規模で集めるが、コアナレッジを創造するには、ローカルな場所で、装置産業や部材産業とのクローズドなイノベーション・ネットワークの中での「暗黙知の擦り合わせ」が必要となるのです。

図3 グローバルなナレッジの察知とローカルな「暗黙知の擦り合わせ」

工場の国内回帰の要因にも

――コアナショナル経営は液晶以外の産業についても当てはまるでしょうか?

最近、一時は空洞化が大きな問題になっていた日本の製造業において、「工場の国内回帰」という現象が、さまざまな業種で起きています。例えばデジカメなどもそうですが、最先端の技術であればあるほど、非常に短い時間で開発する必要がある。そのためには近距離の中で生産と開発、研究を擦り合わせていく必要が出てきています。これは安い労働力による量産とはまったく目的が異なります。日本に強みを閉じ込めるというこの戦略は、メタナショナル経営の概念と反対です。モジュールの積み重ねではない最先端製品は、液晶と同様、コアナショナルな戦略をとっているといえるでしょう。

――たとえば米国のアップルの「iPod」のように、競争力の源泉をデザインや製品のコンセプトに求める身軽な戦略と対比するとどうでしょうか?

確かにシャープの液晶事業のような戦略と、アップルのiPodは対極にあると思います。ただし、どこに競争力の源泉を求めるかという点で、日本はやはり製造業だと思います。この夏、技術経営に関する国際会議が米国で行われ、私も参加したのですが、米国では「技術経営」より「サービスサイエンス」という言葉が広がっているのが印象に残りました。情報技術(IT)を使っていかに顧客に価値を与えるか、といった意味なのですが、それが象徴するように、米国にはものづくりの工場が国内に少なくなってきているという現実があります。一方で日本はまだ、ものづくりで頑張るべきだ、というのが私の考え方です。

企業経営と産業政策への提言

――研究から得られる示唆として、企業経営や産業政策は、どう対応すべきでしょうか。

企業経営に対する提言としては、第1に世界規模の知識創造が必要になるので、世界各国とwinwinの関係を築くこと。第2に液晶で韓国、台湾に抜かれた教訓が示すように、ビジョンを持って長期的な投資を行うことが重要だといえます。

産業政策については、コアナレッジを日本で創造しやすい政策をとることでしょう。国内回帰する工場への優遇税制などが考えられます。また、企業経営の対応とも共通しますが、世界規模の知識創造を行うため、特にアジアや東欧から留学生を受け入れて、日本の文化、言語を理解する人材の増加をはかる政策も重要です。

そのほか企業においても政策においても、意図せざる技術流出を防ぐこと。経済産業省の「技術流出防止指針」に沿って、コアナレッジの優位性をできるだけ長くすることも必要でしょう。

――今回の論文の成果を踏まえた今後の研究課題を聞かせてください。

まずコアナショナル経営について、液晶以外の事例の研究を深めることです。また、これから環境問題の中で重要となる太陽電池の競争戦略も課題になるでしょう。冒頭に液晶と太陽電池の共通点を紹介しましたが、シャープが堺につくる新しい工場では、薄膜太陽電池と液晶のコンビナートになります。ただし太陽電池はいま、日本が非常に高いシェアを持っていますが、技術的にいえば液晶に比べ容易に作れます。各国の新規参入も激しい中で、太陽電池における日本の競争戦略の構築も大きなテーマだと思います。

解説者紹介

中田行彦顔写真

中田 行彦


神戸大学大学院工学部卒業、1971年シャープ株式会社入社。中央研究所で薄膜発光素子、エネルギー変換研究所で太陽電池の研究を経て、92年から液晶事業本部で液晶技術の研究・開発を担当。97年シャープマイクロエレクトロニクステクノロジー(米国)液晶本部副本部長、99年シャープアメリカ研究所(米国)研究部長、2000年シャープ株式会社液晶開発本部液晶研究所技師長。2001年液晶先端技術開発センターへ出向。2004年立命館アジア太平洋大学大学院経営管理研究科、アジア太平洋マネジメント学部教授、技術経営担当。同大学総合情報センター副センター長を兼任。工学博士。