Research Digest (DPワンポイント解説)

援助氾濫と経済成長:クロスカントリーデータによる分析

解説者 澤田 康幸 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0013
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経済成長を促進する援助とはどのようなものか。澤田康幸REITIファカルティフェローは、アフリカを中心に深刻化している「援助氾濫」が成長にマイナスの影響を与えている可能性を数量的に分析、援助供与国数(ドナー国数)、プロジェクトの規模には最適点があることを実証した。澤田氏は、アジアを中心に、経済インフラ支援の比率が高く、比較的大きな規模の援助を行ってきた日本の援助が、アフリカなどのケースに比べ効果が大きかったとし、アジアで培った日本の援助の知識や経験を世界に広め、活用していくべきだと強調する。

――今回の論文では「援助氾濫」がテーマとなっています。まず援助氾濫とは何か説明していただけますか。

分かりやすい例として数年前のアフリカのタンザニアのケースをご紹介します。同国は様々なドナー国から合わせて1年間に1000以上の援助ミッションを受け入れ、そのそれぞれのプロジェクトに関して援助の成果・業務について報告書を作成しなければならなかったわけですが、その数は約2400に上りました。その結果、タンザニアは報告書作成を始め事務作業にかなりのリソースを費やすことになったわけです。供与国は援助が適切に使われているかどうかチェックする必要がありますが、こうした取引費用の増加と援助効果の改善とは必ずしも一致しません。多数の援助供与国と無数のプロジェクトの存在が受入国の政府の管理能力を超え、援助の効率性が阻害されてしまう状況をさして、援助氾濫(aid proliferation)、あるいは多数のドナーがある国に集中して物資を爆弾のようにばら撒くことから「援助爆撃」(aid bombardment)とも呼んでいます。

アフリカで顕著な援助氾濫

――援助氾濫が注目されてきたのは最近のことですか。

援助氾濫は主にアフリカの文脈で問題視されていますが、こうした現象は今に始まったものではありません。20年以上も前に、Elliott Morssが1970年代以降の援助の特徴として、「援助供与国とプロジェクトが氾濫していること」をあげていましたし、10年ほど前にRobert Cassenは「援助プロジェクトが無計画に立てられ、過剰なまでに存在する異常な状態になっている」と指摘しています。しかし、この問題は時間を通じてより悪化しているようです。図1は被援助国が、平均してどれだけのドナー国からODA二国間援助を受けているかを見たものですが、ほぼ一貫してドナー国の数が増加しています。一方、一国あたりの平均プロジェクト数も増加し、援助氾濫の問題が深刻化していることが伺えます。

図1 各被援助国における二国間DACドナー数の平均

――どうして援助の氾濫が起きたのでしょうか。

受入国の数以上に世界全体で援助額が増加したということもありますが、援助の中身自体が大きく変化したことが背景にあります。60年代までは大型経済インフラへの支援が援助の主流でプロジェクトの規模も大きかったのですが、次第に教育や医療保健など社会インフラへの比率が増え、特に90年代後半以降にこの傾向が強まりました。その結果、援助の額は増えているのに、一つ一つのプロジェクトの規模は小さくなってしまいました。この傾向は地域別にも言え、社会インフラへの援助比率が高いアフリカでは、プロジェクトの小型化が顕著であり、援助氾濫の問題が深刻だといえます。他方、日本が最大の二国間ドナーとなっているアジアでは経済インフラの比率が相対的に大きく、集中度も高いことから、援助氾濫の問題は深刻にはなっていません(図2、図3)。

図2 二国間DAC援助に占める各ドナーの割合(東アジア)

図3 二国間DAC援助に占める各ドナーの割合(サブサハラ・アフリカ)

氾濫の代理変数にハーフィンダール指数を活用

――論文では、ドナー国の数の増加が援助を受ける国の経済成長促進にどう関係しているかを実証的に分析したわけですね。

援助氾濫の影響については、最近ではSteven Knack, Aminur Rahman, David Roodmanらの研究があります。たとえば、KnackとRahmanはプロジェクトの氾濫と援助受入国の行政負担の関係について理論的に議論しています。しかし、援助氾濫が援助受入国の経済パフォーマンスにどう影響するかについて検証した既存研究は、私が知る限りありませんので、この点が我々の論文の貢献と言えます。我々の論文では援助氾濫の程度を数量化するため、Knack=Rahmanの論文と同じように、産業組織論でよく使われるハーフィンダール(HI)指数を使いました。具体的には、各ドナー機関がある受入国の総援助額に占める援助割合の二乗を合計して作成します。このドナー集中度指数を援助氾濫の代理変数としました。このHI指数は援助氾濫が深刻になればなるほど小さい値となります。

――基となるデータは何を使いましたか。

データについてはかなりの試行錯誤を行いましたが、最終的に用いたのは、今述べたドナー集中度指数と、David Roodmanが作成した最も包括的なクロスカントリーデータです。期間は1970年から2001年における67カ国のデータで、観測数は440です。被説明変数は一人当たり国内総生産(GDP)の成長率とし、説明変数には援助に関連した変数(人口、制度の質、地域ダミーなど)とHI指数に関連した説明変数を含みます。援助と経済成長との関係をみる研究は多いですが、援助がより貧しい国や経済状態が悪化した国に与えられることで逆因果関係などを通じた計量分析上の偏りが生じる可能性があります。我々は、このような偏りを修正するため、近年しばしば用いられているダイナミックパネルデータの分析手法を使いました。

集中度に対し「逆U字型」

――推計の結果はいかがでしたか。

我々が得た推計結果のうち、最も信頼できる結果は「援助氾濫が、援助される国の経済成長を阻害する」という仮説を基本的に支持するものでした。さらに、精査したところドナーの集中度を考慮に入れると、援助が経済成長を促進する効果は、援助の集中度に対して「逆U字型」となっていることが分かりました(図4)。つまり、援助の集中度には最適点があること、また援助が経済成長に対しプラスの効果を持つものの、援助の成長促進効果影響は逓減的であることを示唆しています。

図4 HIを通じた援助の効果

――結果は予想通りでしたか。

前半の分析結果である「援助氾濫の成長阻害効果」は予想していた通りでしたが、後半の「逆U字効果」は予想とは異なりました。理論的には、ドナー数が多いと個々のドナー国の顔が小さくなり、他の国任せの「ただ乗り(フリーライダー)」のインセンティブが働くため、「集中度が低い(援助氾濫度が高い)ほど成長率が低くなる」ので、HI指数と経済成長率は右上がりの関係となるというのが当初の仮説でした。予想通り図4の左半分では右上がりの関係が見られました。しかしある最適点を過ぎると、右下がりになり、ドナーの数が少なすぎても効果は低下するという結果は意外でした。ある国に特定の国だけが援助しているような場合は、競争原理や相互チェック機能が働かず効果が薄れるのかもしれません。ドナーの乱立も、行き過ぎたドナーの集中も援助の効率を低めるといえるでしょう。

日本の援助モデルを世界に伝える努力を

――日本のODAの特徴として、借款の割合が大きい、アジアに集中している、経済インフラ支援中心であるの3点があげられます。この特徴は、同時に日本の援助政策が批判される点でもあります。日本の援助の姿はもっと評価されてもいい、と思われますか。

アジアの文脈のなかではそういうインプリケーションはあると思います。2004年でみると、フランスは日本の半分の援助総額で日本と同じ約160カ国に援助しています。英国は日本の4分の1強の規模で120カ国前後を支援しています。英仏は多数の国に小粒の援助をしているのに対し、日本は、特にアジアで顕著ですが比較的集中して援助を出しています。集中度と経済成長の関係を見る限り、集中度が高いアジアでの効率がよく、さらに過度の集中もおこっていなかったと推察できます。ただし日本の場合も、アフリカへの援助では、社会インフラへの比率が高く、同地域での援助氾濫の一翼を担ってしまっている点は否めません。

一般に、欧米の援助は、魚をほしがっている人に魚をあげるチャリティー型に対し、日本は、釣竿をあげて魚を採るように促す自助努力型に例えられます。経済インフラ支援中心の日本の援助が、直接投資(FDI)、輸出拡大と「三位一体」となってアジアの成長に大きく貢献した経験、言い換えれば、自立型の健全な経済成長メカニズムへの潤滑油となった日本の援助モデルを世界に伝える努力が必要です。

援助の質を高める契機に

――日本はかつて世界で最大のODA供与国でした。しかし、バブル経済崩壊後の財政悪化で減少を続け、最近では援助の質の向上、援助の効率化が求められています。何かご提言はありますか。

転機となったのは、2002年にモンテレイ(メキシコ)で開かれた国連開発資金会議です。ここでは、2000年の国連ミレニアムサミットなどを通じて設定された、世界の貧困削減目標である「ミレニアム開発目標」を達成するために、先進国がどう資金を負担するかが議論されました。その後、欧米諸国が援助を大幅に増やすなかで、日本の援助額は頭打ちとなっています。国際貢献において軍事面での貢献が制約されている日本にとり、ODAは大きな手段の一つですが、額が減ることが悪いことばかりではありません。質を高める力学が働く契機となっており、いい方向に向かっていると信じますが、政治的な力が弱いところの予算が大幅に削られているのは懸念しているところです。たとえば、アジアでの「緑の革命」に大きく貢献した国際稲研究所(IRRI)などが属する国際農業研究協議グループ(CGIAR)や日本への留学生支援を含む国内での国際開発関係高等教育分野への予算削減などです。前者は、アフリカでの飢餓問題解決のために大きく貢献する可能性がありますが、ODA白書2001年版と2006年版によると、日本からの支援金額は過去5年間で4分の1になっています。後者では、同じくODA白書によると、文部科学省を通じた支援は2割以上削減されています。人的資本蓄積としての人材の育成には時間がかかることから、将来禍根を残すことになるのではとの思いがあります。

――非政府団体(NGO)の活動をどう評価されますか。

NGOなど民間主体の援助活動にはいい面と悪い面があると思います。NGOのなかには小さな組織ながら、限られた地域に長期にわたって活動し、大きな成果を挙げているものがあります。半面、NGOは、主に民間の資金提供者への説明責任が求められるため、その活動には、非常に眼に入りやすいもの、組織の名前が出やすい活動にバイアスがかかる傾向があります。一つのエピソードですが、2004年12月のインド洋津波で甚大な被害を被ったインド、タミル・ナードゥ州漁村地域を対象として、多くは漁民である被災者の調査を行ったことがあります。この被災地域では、様々なNGOの名前を冠した真新しい漁船が海岸にずらっと並んでいるのを目の当たりにしました。漁船への援助は有益ではありますが、成果が明確に見えるものであるがために、全体として漁船支援にバイアスがかかっているのは明らかです。これも、一種の援助氾濫状況と呼べるように思います。

とはいえ、NGOは、地域に密着して培った知識と経験を通じて、どういうプロジェクトが開発につながる有効なものかを、特に教育、医療等の社会インフラ整備において識別し、デザインするのに大きな役割を果たすことができるでしょう。このようなNGOの役割は、最近学術的にも注目されており、数々の有意義な試みが行われています。これら先端研究の中身については、例えばマサチューセッツ工科大学(MIT)に設置されている、 Abdul Latif Jameel Poverty Action Lab( J-PAL)のウェブページ を通じてうかがい知ることが出来ます。

――最後に、今後の研究の方向性をお話ください。

今回の研究では、援助氾濫と成長促進効果の関係をみたのですが、既に指摘したように、援助を受ける国が貧しいから援助氾濫が起こるという逆の因果関係の可能性があり、援助の成長効果を計測することは容易ではありません。今回は、ダイナミックパネルという計量経済学の手法を用いてやや機械的にこの問題を処理したのですが、これをより精緻なものとしたいと思っています。現在のプロジェクトでは、自然災害や90年前後の市場移行など、予期せぬ理由で援助が外生的に増加した場合を用い、援助がどのような影響を持つのかを明らかにしてゆく予定です。

解説者紹介

東京大学大学院経済学研究科准教授。90年慶應義塾大学経済学部卒業、大阪大学経済学修士、東京大学学術修士(国際関係論)、スタンフォード大学国際開発政策修士、99年スタンフォード大学経済学部Ph.D取得。99年より東京大学大学院総合文化研究科助教授、同大学院経済学研究科助教授を経て2007年より現職。2006年よりRIETIファカルティフェロー。専門は開発経済学、国際経済学、応用ミクロ計量経済学。主な論文は、Aid and Poverty Alleviation: An International Comparison,' IDS Bulletin 27ほか多数。