ノンテクニカルサマリー

税執行の強化は税務コンプライアンスの自発的改善をもたらすか:税務行政記録データによる検証

執筆者 宇南山 卓(ファカルティフェロー)/稲葉 和洋(元税務大学校)/中川 貴文(税務大学校)
研究プロジェクト 経済の非対称性と日本経済の課題
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「経済の非対称性と日本経済の課題」プロジェクト

所得税は、納税者が自分で所得や控除を申告するしくみで成り立っている。申告された額が本来納めるべき額と食い違えば、税収が減るだけでなく、正直に申告している人が損をする。申告の正確さ、すなわち税務コンプライアンスは、税収と公平性の両方を支える基盤である。

本研究では、国税庁が保有する2014年分から2018年分の確定申告の記録およそ1億600万件を用いて、日本における税務コンプライアンスの状況を分析した。特に、2016年分の確定申告から個人識別番号(マイナンバー)の記入が義務化されたことに注目して、納税者の申告行動がどのように変化したかを検証した。

その結果分かったことは、第一に、2016年に扶養控除の申告額が減ったことである。一人当たり約2,600円、2015年平均比で2.3%の減少である。2016年分以降、扶養控除を適用するには、被扶養者のマイナンバーの記入が必要になった。また、国外居住の扶養親族については親族関係書類・送金関係書類の添付等が義務化されるという別の制度変更もあった。こうした変更により、扶養実態がない扶養親族や架空の親族を申告することは極めて困難になった。その結果として申告が減ったと考えられる。

以前から証明書の添付が必要であり、制度変更の直接の影響は受けなかった生命保険料控除などには同じような変化はみられない。これは制度変更以外の社会・経済状況の変化によってもたらされたものでないことを示唆する。

また扶養控除の減少は、もともと扶養親族を多く申告していた人ほど顕著であった。6人以上の扶養親族を申告している人の数は制度変更前後で約36%減っている。同時期の会計検査院の調査も踏まえると、その多くは国外居住の扶養親族であった可能性が高い。

第二に、税務調査で不正を見つける力が高まったと考えられる。修正申告で是正された額の当初申告との比である「修正率」は、マイナンバーの記入義務化によって事業所得で1.11倍、給与所得で1.25倍、公的年金所得で1.28倍になった。この上昇は、番号によって情報の名寄せが機械的にできるようになったことの効果と解釈できる。

第三に、それにもかかわらず、納税者が自発的に申告を正すことはなかった。事業所得や給与所得などの申告額の変化はいずれも1%以下である。これは、不正な申告が見つかりやすくなったのに、その変化が不正を抑止できていないことを示唆する。納税者が合理的に不正な申告をしているとするなら、抑止力がないことは一種のパズルである。一つの解釈は、税務当局の内部で進んだ調査能力の向上が、納税者の目に見えなかったためというものである。

本研究の結果は、政策的にもいくつかの含意を持つ。一つは税務申告の時点で不正を困難にするようなしくみを導入することは、税務コンプライアンスを引き上げる上で大きな効果を持つことである。もう一つは、税務当局の調査能力を強化してもそれだけでは不正の抑止はできないことである。抑止効果につなげるには、能力が高まったという事実を納税者に伝える広報や通知を組み合わせることが欠かせない。

図:扶養親族数別の申告件数
図:扶養親族数別の申告件数