ノンテクニカルサマリー

経済安全保障に対応する企業行動の多面性:製造業企業アンケートに基づく調達先見直し・輸出管理対応・投資見直しに関する実証分析

執筆者 伊藤 萬里(リサーチアソシエイト)/神事 直人(ファカルティフェロー)/直井 恵(カリフォルニア大学サンディエゴ校)
研究プロジェクト 企業のグローバルな経済活動が直面する課題と直接投資の効果に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業のグローバルな経済活動が直面する課題と直接投資の効果に関する研究」プロジェクト

近年、経済安全保障への関心が世界的に高まっている。米中摩擦の長期化、ロシアによるウクライナ侵攻、半導体や重要鉱物をめぐる供給制約、さらには台湾有事への懸念などを背景に、企業を取り巻く国際事業環境は地政学リスクによって大きく変化している。日本でも、2022年の経済安全保障推進法の制定をはじめとして、重要物資の安定供給、基幹インフラの安全性確保、先端技術の保全といった観点から、制度面の整備が急速に進められてきた。こうした世界情勢の変化や規制強化は企業に対して、供給途絶や技術流出などの新たなリスクに対応する行動を求めるものである。

経済安全保障への対応は、すべての企業に一律に求められるものではなく、その必要性や実行可能性には企業間で大きな差がある。調達先を変更するには新たな取引先の探索や品質確認が必要であり、輸出管理を強化するには社内体制や情報収集能力が問われる。また、海外投資の見直しには大きな経営判断が伴う。したがって、どのような属性を持つ企業が経済安全保障対応を進めやすいのかを明らかにすることは、実効的な政策を考えるうえで重要である。

こうした問題意識のもと本研究は、2025年4月に実施した日本の製造業企業への独自アンケート調査と、「経済産業省企業活動基本調査」の企業属性データを接合し、経済安全保障を理由とした企業行動の決定要因を分析したものである。具体的には、①海外調達の見直し、②安全保障輸出管理の見直し、③対外直接投資および対内投資・業務提携に関する見直し、という三つの側面を取り上げている。

分析の結果、第一に、経済安全保障への対応は全体としてまだ一部の企業に限られていることが分かった。海外調達については、そもそも海外調達を行っていない企業も相当数存在し、海外調達を行う企業の中でも、実際に調達先の変更まで進んでいる企業は少数である。多くは「見直していない」か「検討中」にとどまっている。輸出管理対応についても、見直しを実施済みの企業は限られており、投資見直しについても同様である。すなわち、経済安全保障は強い関心を集める一方、企業行動としては一様に広がっているわけではないのである。

第二に、それでも対応を進めている企業には一定の共通点がみられる。図1に示すように、全体として、高い技術力を持つ企業や、規制対象となりうる製品を扱う企業、特定国、とりわけ中国への依存度が高い企業、過去にサプライチェーンの途絶や混乱による事業活動への影響を受けた企業ほど、経済安全保障を理由とした見直しを進めやすい傾向が確認された。研究開発比率の高い企業は、技術流出や輸出規制の影響を受けやすく、また自社の技術や取引の機微性に対する意識も高いと考えられる。加えて、対中依存が高い企業では、地政学リスクや政策変更への警戒から、調達や輸出の見直しを迫られやすいことが示唆される。

図1.企業の経済安保対応の決定要因と特徴
図1.企業の経済安保対応の決定要因と特徴

第三に、対応の中身によって重要な要因は異なる。海外調達の見直しについては、中国からの調達依存度に加え、過去の供給途絶の経験や台湾有事への懸念など、リスク認識や危機経験が強く関連していた。また、北米向け輸出との関係も一部で示唆されており、特に上流工程に位置する企業では、取引先からの要請が調達網の見直しに波及している可能性がある。これは、企業が自発的に動くだけでなく、サプライチェーンを通じて顧客や親会社から求められる形で対応が進む場合があることを示唆している。

一方、安全保障輸出管理の見直しでは、社内体制の重要性がより明確であった。規制対象品を扱う企業や研究開発集約度の高い企業ほど対応が進みやすいだけでなく、国際事業部門の厚みや政府による情報提供の利用も、見直しの実施と正の関連を示した。輸出管理対応は、規制内容の理解、該非判定、社内手続、記録管理など、日常的で継続的な実務を伴う。そのため、単にリスクに直面しているだけでなく、対応を実行する組織能力を持っているかどうかが大きな違いを生むものと考える。

投資見直しについては、観測数が限られているため慎重な解釈が必要であるが、見直しや懸念が確認された企業には、高い研究開発比率、規制対象輸出品の取扱い、対中関与の高さといった特徴がみられた。これは、投資判断においても、技術リスク・規制リスク・地政学リスクが重なる企業ほど慎重な対応を取りやすいことを示唆している。

本研究の政策的含意は三点である。第一に、企業の経済安全保障対応は限定的であり、さらに広げていくためには政策支援を検討する余地がある。この背景には多くの企業が見直しの必要性を感じつつも、コストや情報不足のために「検討段階」にとどまっているものと考えられる。したがって、政策としては、単に危機感を喚起するだけでなく、企業が実際に動けるよう支援することが重要である。具体的には、代替調達先の探索支援、規制情報の分かりやすい提供、相談窓口の充実、見直しに伴う費用負担への支援などが有効であろう。

第二に、政策対象としてリスクの高い企業群に焦点を当てていくことである。技術集約度が高く、規制対象品を扱い、特定国依存の高い企業は、経済安全保障上の対応がより求められる一方、対応の難しさも大きい。こうした企業に対しては、一般的な周知広報よりも、より個別的で実務的な支援が有効なのかもしれない。

第三に、企業の対応は、個別企業だけで完結するものではなく、サプライチェーン全体で考える必要がある。特に調達見直しでは、上流企業が自らの判断だけで動くのではなく、取引先や最終需要地からの要請を受けて対応している可能性がある。したがって、政策としても、単一企業への支援にとどまらず、業界団体や主要需要先企業を含めた連携、サプライチェーン全体の情報共有、共通ルールの整備が重要である。

以上のように、本研究は、経済安全保障に対応する企業行動が一様ではなく、技術力や規制リスク、特定国依存、社内体制、過去の経験などに応じて大きく異なることを明らかにした。経済安全保障政策を実効的なものとするためには、制度を整備するだけでなく、企業が実際に行動を起こせる環境を整えることが不可欠である。今後の政策課題として、企業の負担を抑えつつ、リスクの高い分野に重点を置いた支援を通じた、民間企業の自律的な対応能力の底上げが挙げられる。