ノンテクニカルサマリー

家族政策における企業の役割:日本の2005年次世代育成支援対策推進法からのエビデンス

執筆者 深井 太洋(学習院大学)/原 ひろみ(明治大学)
研究プロジェクト 持続可能な経済を目指す労働政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「持続可能な経済を目指す労働政策」プロジェクト

制度を「作る」だけでは足りない
― 企業を通じた両立支援が親の就業継続に与える影響 ―

1995年のエンゼルプランから30年が経過した。この間、日本では少子化対策と、子育てをしながら働き続けられる環境整備のために、保育サービスの拡充、育児休業制度の整備、男女共同参画関連施策など、さまざまな政策が導入されてきた。制度面では着実な前進が見られる一方で、子育て期の就業継続や出生行動を大きく変えるにはなお課題が残っている。その一つの背景として制度が「ある」ことと、それが実際に効果的に「使われる」ことの間には、なお距離があるためだろう。

そのことは、育児休業の取得状況を見ても示唆される。厚生労働省「令和6年度雇用均等基本調査」によれば、女性の育児休業取得率は86.6%、男性は40.5%まで上昇している。しかしながら、女性の育児休業取得率は1996年度には49.1%、2005年度でも72.3%であり、制度が存在していても利用の拡大には時間を要してきた。男性の育児休業取得率も2024年度には40.5%まで上昇したが、政府は民間企業で2025年50%、2030年85%という目標を掲げており、なお取得拡大が政策課題となっている。

では、なぜ法律上は認められていても、制度の利用が実際に進むとは限らないのだろうか。その理由の1つとして、職場で制度が周知されているか、使ってよい雰囲気があるか、不利益取扱いへの不安が小さいか、といった企業や職場の環境が実際の利用を左右する可能性が考えられる。そこで本稿は、その背景を理解するために、「政府が制度を作り、個人がそれを使う」という従来の見方に加え、企業や職場が政策実施の媒介者であるという視点を導入する。

本稿が分析するのは、2005年に施行された次世代育成支援対策推進法(以下、「次世代法」)である。この法律は、常時雇用する労働者が301人以上の企業に対して、仕事と子育ての両立を支援するための一般事業主行動計画の策定を義務づけた。政策の特徴は、労働者個人に新たな給付を直接与えるのではなく、企業に対して職場環境の整備や制度の周知、支援措置の導入を促す点にある。本稿では、この企業規模要件に着目し、「出生動向基本調査」の個票データを用いて、第1子妊娠時に大企業で働いていた女性と、それより小さい企業で働いていた女性を比較した。これにより、行動計画の策定義務化が、子育て支援制度の利用、出産後の就業継続、出生に関する指標に与えた影響を差の差分析(Difference-in-Differences)で推定した。

図1. 2005年の一般事業主行動計画の策定義務化が親の制度利用と就業継続に与えた影響
図1. 2005年の一般事業主行動計画の策定義務化が親の制度利用と就業継続に与えた影響
注:棒は差の差推定による政策効果、エラーバーは95%信頼区間。
出所:「出生動向基本調査」に基づく著者推計(DP本体のTable 3より)。

分析の結果、2005年の企業向け義務化は、母親による両立支援制度の利用と就業継続を明確に押し上げた。ベースライン推定では、産前・産後休業の利用は9.5ポイント、育児休業の利用は11.6ポイント、短時間勤務の利用は8.9ポイント上昇した。加えて、第1子出産1年後に就業している確率は10.0ポイント、正規雇用として就業している確率は11.3ポイント上昇した。これらの結果は、企業を通じた制度整備が、単に制度利用を増やしただけでなく、出産後の就業継続、とくにより安定的な雇用の継続を後押ししたことを示唆している。一方で、出生に関する指標については、明確な効果は確認されなかった。予定子ども数では正の推定値が得られているが、統計的な不確実性は大きく、理想子ども数についてもはっきりした変化は見られなかった。つまり、第1子を出産した女性の追加的な出生に関する意識や行動に対する次世代法の影響については、明確な結論を導くことは難しい。

さらに、本稿は政策効果の異質性も示している。効果は、自身または配偶者の親からの支援や保育サービスへのアクセスが相対的に良い層で、制度利用や就業継続への効果がより強く表れた。これは、企業内で制度が使いやすくなることと、地域における保育資源や家族からの支援が、互いに補完しあう可能性を示唆している。職場で両立支援制度が利用しやすくなっても、子どもの預け先や日常的な支援がなければ、実際の就業継続はなお難しい場合がある。

日本では、少子化対策や就業継続支援のための制度がこの30年で大きく整備されてきた。しかし、制度を作ることと、それが現場で機能することは同じではない。本稿は、企業が政策を現場へと橋渡しする重要な主体であること、そして企業を通じた制度整備がとくに母親の就業継続を後押ししうることを示している。今後の少子化対策や両立支援を考える上では、制度の有無だけでなく、それが企業や職場でどのように実装され、実際に利用可能なものになっているかという視点を政策評価の中に組み込む必要があるだろう。