| 執筆者 | 鶴田 大輔(日本大学) |
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| 研究プロジェクト | 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト
中小企業は、金融機関との間に存在する情報の非対称性により、資金調達制約に直面しやすいことが知られている。リレーションシップバンキングは、金融機関が長期的な取引関係を通じてソフト情報を蓄積することで、情報の非対称性を緩和し、中小企業への信用供給を改善する役割を果たすとされる。しかし、この効果は企業が将来にわたり存続するという前提に依存しており、長期的な存続可能性が低い企業に対しては、信用リスクやモラルハザードの問題を十分に解消できない可能性がある。
この問題は、日本における中小企業経営者の高齢化という文脈において特に重要である。経営者の高齢化が進むにつれ、事業承継の有無は企業の継続性を左右する重要な要因となる。後継者がいない企業は将来の事業継続に大きな不確実性を抱えるため、長期投資のインセンティブが低下し、金融機関から見た返済可能性の期待も弱まる。そのため、本研究では高齢経営者で後継者が存在しない中小企業を、継続企業としての見通しが弱い企業と解釈する。
貸出市場が効率的に機能している場合、金融機関はデフォルトリスクや事業継続可能性の低い企業への貸出を抑制し、企業の退出や事業譲渡、承継を促すと考えられる。一方、公的信用保証制度などによって金融機関が信用リスクを移転できる場合には、将来性の低い企業にも融資が行われ、非効率的な資金配分が生じる可能性がある。このような状況は、金融機関が経営状態の悪い企業に資金供給を続ける「ゾンビ企業」問題と類似している。
本研究では、高齢経営者で後継者がいない中小企業に対して資金が効率的に配分されているのかを検証するとともに、平時および経済危機時における企業パフォーマンスと資金配分の変化を分析する。特に、2008~2009年の世界金融危機(GFC)と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)という二つの大きな経済ショックに注目する。日本は先進国の中でも特に人口高齢化が急速に進んでおり、その影響は中小企業において顕著である。2024年版『中小企業白書』によれば、2023年時点で70代の経営者が20.1%、80代が5.4%を占めている。また、全体の54.5%の中小企業で後継者が未定であり、高齢経営者企業でも相当数が後継者不在である。
本研究では、中小企業の代表的なデータベースである、Credit Risk Database(CRD)の企業レベルデータを用いて分析を行う。分析の結果、経営者が高齢で後継者がいない企業は、若年経営者企業や後継者が存在する企業と比べて、デフォルト確率および退出確率が高く、収益性、売上成長率、総資産成長率といったパフォーマンスも低い。また、これらの負の影響は世界金融危機およびCOVID-19危機の期間においてより強く現れる。
経営者の高齢化と後継者不在が企業の借入行動に与える影響を分析するため、本研究では、経営者年齢を59歳以下、60歳代、70歳以上の3カテゴリーに区分し、さらに後継者の有無で分けた6区分のダミー変数を作成した。これらのダミー変数が借入金変化率に与える影響を年別に推定した結果を、以下の図表に示した。分析の結果、世界金融危機期である2008年およびコロナ禍である2020年前後に、借入金変化率が大きく増加していることが確認された。限界効果の大きさに着目すると、経営者が70歳以上で後継者がいない企業の借入金変化率は、他の企業と比較して相対的に小さいものの、これらのショックの前後においても依然として正の値を示している。また、こうした企業は経営状況が弱いにもかかわらず、危機期には銀行借入への依存度をむしろ高めており、とりわけ大規模な公的支援が実施されたコロナ禍にその傾向が顕著である。
これらの結果は、高齢化経済の下で将来性の低い企業へ信用が配分される傾向が強まっている可能性や、大規模な金融支援がショック時の資金配分をゆがめている可能性を示唆している。金融支援は中小企業の資金繰りを改善するという社会的に望ましい側面を持つ一方で、本来であれば事業を縮小すべき企業に対しても資金が配分される可能性がある。今後の政策においては、こうした両面を考慮しながら制度設計を行う必要がある。