ノンテクニカルサマリー

エコシステム・ガバナンスのダイナミクス:Siemens MindSphere Partnersのネットワーク分析

執筆者 元橋一之(ファカルティフェロー)/Alireza EMAMI JAVID(株式会社構造計画研究所)
研究プロジェクト デジタルイノベーションモデルに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「デジタルイノベーションモデルに関する研究」プロジェクト

イノベーション・エコシステムを発展させ、パートナーの貢献によってエコシステムの健全な状態を維持するためには、エコシステムのオーナーは、パートナーに対するコントロールと、パートナーの活動の自律性のバランスの管理が重要である。この「自律性」と「制御」のバランスについては、両者の静的な関係について分析を行った文献が多いが、生態系の成長プロセスにおける動態ガバナンスモデルに関する実証研究は少ない。本稿では、シーメンスのIoTプラットフォーム「MindSphere」のパートナー企業に関するデータを用いて、エコシステム・ガバナンスの動的特性を明らかにした。

具体的には、シーメンスMindSphereのパートナー企業235社を対象として、それぞれの事業内容をCrunchbase から取得した。次に企業間の事業内容の類似性から、企業間の補完的関係に関するマトリックスを作成した。なお、生産者サイド(エコシステムのパートナー)と消費者サイド(MindSphereの顧客)を結びつけるプラットフォームに関する補完性については、生産者サイド(パートナー間の事業類似性が高いほどパートナー同士で投資協力することの経済合理性が高いので、補完性が高まる)と顧客サイド(パートナー間の事業類似性が低いほど、顧客によってサービスのバリエーションが増えるので補完性が高まる)の2種類が存在する。従って、この両者がプラットフォームに与える価値については、事業類似性が高すぎず(消費者サイド補完性≠0)、かつ低すぎない(生産者サイド補完性≠0)場合に高まる。パートナー企業の事業内容についてクラスタリング分析を行い、事業内容の類似性に関する閾値(上限と下限)を設けて、補完的関係に関するマトリックスを作成した。最後に、当該マトリックスについて社会ネットワーク分析の構造的間隙(Structural Hole)を計測するための拘束度(拘束度が高いほどより補完性が強い)を算出し、パートナー企業の参入時期別にネットワークの拘束度の変化を見た(下図参照)。

補完性ネットワーク拘束度の変化
補完性ネットワーク拘束度の変化

この図のとおり、以下の傾向にあることが分かる。

  • 時間の経過とともにネットワーク拘束度が低下する。
  • パートナーネットワークに対して新規参入企業の拘束度は既存企業よりも高い。
  • ただし、この傾向はネットワークの成長(時間の経過)とともに弱まる。

この結果については、記述的回帰分析の結果、統計的有意であることが検証された。これは、エコシステムの成長によって、エコシステムに対する求心力(パートナー企業の参入インセンティブ)が、補完的関係からの付加価値から、参加者の増加によるネットワーク効果に変化してきていることを示唆している。従って、エコシステムのオーガナイザー(本研究におけるシーメンス)においては、エコシステムのガバナンス方法を初期時点と成長時点で変化させる必要があることを示している。

また、競争政策へのインプリケーションとしては、市場制限的な行動の可能性をネットワークの大きさのみで判断するのではなく、ネットワーク構成員の相互関係(特に相互補完関係)にも着目して行う必要性を示すものである。この補完性を勘案することは、複数の市場間の相互にみられる間接的ネットワーク効果が中心となるビジネス向けIoTプラットフォームにおいて重要である。