ノンテクニカルサマリー

Web情報を用いたAIスタートアップの資金調達に関する実証研究

執筆者 朱 晨(東京大学)/元橋 一之(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト デジタルイノベーションモデルに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「デジタルイノベーションモデルに関する研究」プロジェクト

深層学習や生成AIなどの技術進歩が目覚ましいAI分野においてスタートアップ企業が数多く生まれてきている。AIイノベーションは大量のデータを有するインターネットプラットフォーマーがリードしているが、その汎用技術(General Purpose Technology)としての特性から、あらゆる産業領域で適用が進んでおり、特に個々のユーザー企業における最新技術の適用においてスタートアップ企業が重要な役割を担っている。スタートアップ企業が成長するためには、リスクマネーを供給するVCの役割が重要となる。しかし、AIスタートアップが有する固有技術は主に機械学習をベースとしたものであり、「ブラックボックス」としての特性を有していることから、投資家(VC)との間に大きな情報の非対称性が存在している。本研究は、特にVC投資の初期段階において顕著にみられる非対称性を解消するためにどのような手立てが必要となるか、プロトタイプの役割にフォーカスして分析を行った。

具体的には、プロトタイプが、投資家にとってベンチャー企業の技術力を明示化するシグナル効果(情報の非対称性解消)を持ち、創業からビジネスを開始した直後のAラウンド投資までの期間を短くする効果と、プロトタイプが顧客に対する境界オブジェクトとして働き、顧客の増加が促されることでVC投資のリスクを下げる顧客に関する媒介効果の2種類について定量的な検証を行った(下図参照)。プロトタイプは潜在的な顧客の獲得プロセスに正の影響を与え、それによって投資家に対して事業仮説の実現可能性と収益性を示すことがわかった。さらに、技術集約型の産業として、ほとんどのAIスタートアップは技術中心のアプローチから始めている。技術主導の出発点は競争力を強調する一方で、不確実性をもたらす。プロトタイピングの採用によって、その不確実性の影響を軽減させ、投資家の意思決定プロセスを短縮させることを明らかにした。

図 分析の理論的枠組み
図 分析の理論的枠組み

具体的には、AIベンチャーのAラウンドVC投資獲得時におけるウェブコンテンツ情報を活用してプロトタイプの存在を特定し、また、顧客の成長についてはAIベンチャーのウェブトラフィックデータを分析に用いた。創業からAラウンド投資獲得までの期間に関するハザードモデルを推計したところ、分析フレームワーク図に示す仮説通りの結果を得ることができた。また、最新のAI技術に関する大きな投資を行う企業については、Aラウンド投資獲得までの期間が長くなるものの、より大きな投資資金を得ることができていることが分かった。

本研究から、AIベンチャーの成長戦略においては、早い段階でプロトタイプを作成して(潜在)顧客の獲得を早期に行うことが重要であるが、一方で、技術投資に時間をかけて技術力で他社を差別化することで大きな資金を得ることが可能となる。このように、成長の初期段階でマーケティング資産への投資を行うか、技術資産への投資に注力するハイリスク・ハイリターン戦略をとるかはAIベンチャーによって重要な戦略オプションであり、個々の企業が有する経営資源の内容や外部環境(市場競争や顧客特性)によって決定されるべきである。

AIベンチャーを促進するための政策へのインプリケーションとしては、資金環境の整備等の一般的なベンチャー政策に加えて、商品プロトタイプの開発や顧客とのインタラクション等のマーケティング人材の育成が重要であることを示している。この人材においては、AIやデータサイエンス等の専門知識のみならず、個々の顧客産業における一定のドメイン知識が必要となることから、ユーザー企業においてデータサイエンティストが育成されるための何らかの方策も重要となってくるといえよう。