ノンテクニカルサマリー

標準化活動調査 2021の結果(標準化活動とマネージメントに係る結果概要)

執筆者 田村 傑(上席研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

経営学的な視点及び経済学的視点や工学的な観点からも標準の制定に関する実務的、学術的な関心は、従来からもたれているが、実際に研究を行う場合には、定量的なデータの不足のために取り組める課題は限られている。本研究は、このような限界に対処するために、標準化に関する、データ収集手法の開発から実際のデータの蓄積までを行うことを目的として取り組んできたものである。コロナ禍の行動制限下であるにも関わらず、調査対象者の協力を得ることができた。本結果はこれまで実施した5年間分について、主要指標を時系列的に取りまとめたものである(注1注2)。PDP本文中には、これ以外の項目の調査データも記載してある。

本結果は、2017年から2021年を対象として5回実施してきた標準化活動調査(Survey on Standardization Activities [SoSA])のデータのうち、主要指標、標準化活動の実施の程度(Level of standardization activities [LSA])、及び標準化組織の整備の割合(Development of standardization organization [DSO])の時系列的な変化について示してある(Figure 1)。値は、各年のプールデータを用いたものである。直観的な理解では、標準化活動の程度があがると、それを管理運営する組織の整備も、上昇するとの関係が推定できる。また、逆の関係も考えうる。

両者とも、5年間のレンジでみると上昇の傾向がみられる。LSAは61%程度から68%へ上昇がみられる。DSOは39%から44%への上昇がみられる。時間変化とLSAとDSOの両方について、回帰を見た場合、LSAについては、5%有意水準で、数値の上昇が観察されて統計的に有意であるとの結果となった。一方で、数値の上昇がみられるもののDSOについては5%水準で有意性はみられなかった。

調査対象とした期間のうち2019年から2021年はコロナ感染症により生じた外生的なショックにより、社会生活におけるデジタル化の進展が加速的に進んだ時期である。このような影響が、標準化活動の実施割合にプラスの影響を与えたとの推論が本研究からは得ることができる。頑強性の確認のために今後、引き続き観察が必要であろう。

政策インプリケーションを考える場合に、標準化活動の実施割合の上昇に比して、組織面での整備が進んでいない点が注視すべき点である。標準化を企業戦略として取り組むことに関心のある企業等が組織整備を図ることは、本領域の競争力向上のために重要である。2点目として、引き続き標準化活動の実施のために、非競争領域として標準を制定して市場立ち上げをはかるべき技術領域や、一方で標準化しないで自社の差別化を図る技術領域の判断ができる一定水準以上の知識を持つ人材の育成は重要であろう。また、このような知識は、競争戦略上無駄な標準化競争に参加して経営資源を浪費しない判断をする上でも重要となる。本調査における重要な知識源に関する結果からは、標準化については、標準化策定団体への直接の参加が重要であるとの結果が示されており、デジュールやコンソーシアム標準の制定過程の中でもたらされる情報を踏まえて合意形成を図るプロセスは、当事者間においてこそ可能であることを反映していると思われる(注3)。入手可能な既存のテキストデータにおける各単語の出現確率に基づいて文書生成をおこなう大規模言語モデルを用いる生成AIにおいては、会議の場などで得られる参加者の非言語的な情報はデータとして読み取ることができない(多少は議事録などにテキスト形式で記載されるにしても、限られたものであろう)。言語処理技術は、言葉になっていない情報を扱うことができない。そのような情報は、今日の情報化社会では、相対的に小さくなっているが、引き続き存在する(注4)。この技術的な特徴に起因する、生成AIの標準化活動の交渉過程への対応の限界は、人工知能の普及が加速的に進む環境下において、企業等の標準化戦略の効率的な実施、つまり競争力の向上を考える上で、本研究がもたらす重要な示唆である。生成AIの導入は、労働市場における需給への影響をもたらす一方で、組織内における人的資本を中心とした経営資本の再配分をもたらす外的なショックとなる。組織内の経営資本の再配分は、組織内での業務の特質に関する情報の偏在や非対称性から、結果として最適化されず失敗をする可能性が市場に比べると少なからず高い。このような点を念頭において、生成AIの利用により代替できる人的資本を、標準交渉過程といった代替が難しいと思われる領域を認識のうえ再配分を行うことは、本格的に生成AIの導入が始まる新たな競争環境下における経営管理上の重要な視点となろう。

主要指標の時系列変化(標準化活動の実施割合、機関内標準化活動管理組織の整備割合)
脚注
  1. ^ 本調査にご協力いただいている各位に謝辞申し上げます。
  2. ^ 本研究はJSPS科研費 JP23K01529,JP19K01827,及びJP15K03718 (PI 田村 傑)の助成を受けたものです。また一連の調査結果は、国際標準化機構(ISO)の研究リポジトリ―で公開されています。
    https://library.iso.org/contents/data/status-of-standardization-activi.html
  3. ^ デジュール標準は、公的な機関が、関係者間での合意を前提として制定する標準である。例として、ISO規格、IEC規格、JIS規格などがある。コンソーシアム標準は、同様に、関係者間での合意により制定される標準であるが、制定する団体が産業界主導である場合が多い。例えば光ディスクのブルーレイ規格。両標準とも、関係者の合意が前提とされている特徴が本議論と関係する。
  4. ^ 文書化された情報であっても、今後、著作権の管理が強化されて、テキスト処理されたデータの利用が制限される場合には、生成AIが対応できない領域が増える可能性はある。