ノンテクニカルサマリー

心疾患の血圧を中心としたリスク要因に関する分析

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「新型コロナウイルスの登場後の医療のあり方を探求するための基礎的研究」プロジェクト

心疾患は世界的には第1位、我が国においても第2位の死原因となっており、その予防は大きな課題となっている。このため、リスク要因、特に血圧と関係に関して多くの研究が行われている。2017年にAmerican College of Cardiology (ACC)・American Heart Association(AHA)およびその他の組織が共同で、2017 ACC/AHAガイドラインを発表し、高血圧の基準がこれまでの140/90mmHgから130/80mmHgへと引き下げられた。しかしながら、2017 AHA/ACCガイドラインは大きな反論を引き起こしている。改定に加わった組織の1つであるAmerican Academy of Family Physicians (AAFP)は2017年12月にこのガイドラインからの撤退と、元の基準の維持を発表している。この理由として、新ガイドラインに対して体系的なリビューが欠けていること、高血圧症の対象者が大幅に増えてしまうこと、特定の疫学調査であるSystolic Blood Pressure Intervention Trial (SPRIT)に重点がおかれ、他の調査の内容が十分に考慮されていることをあげている。

ここでは、心疾患 のリスク要因、特に血圧との関連に関してJMDC Claims Databaseの健康診断データを使って分析を行った。データベースには、3,233,271人から集められた13,157,681 件の健康診断のデータが収録されている。また、140/90 mmHg基準では14.0%が、130/90 mmHg基準では38.0% が高血圧となり、2017ACC/AHAガイドラインの影響が大きいことが分かる。

因果性の問題(すなわち、高血圧が心疾患の原因となるのではなく、心疾患が高血圧を起こす可能や心疾患のある患者に降圧剤が処方される可能性)を避けるため、ここでは、t年に心疾患の病歴がなく、翌年に心疾患の病歴のデータが得られる個人を対象とし、翌年までの心疾患の発症確率を分析した。収縮期血圧 (systolic blood pressure, SBP)と心疾患の発症率の2変数のみを比較した場合(モデルA)、明確な正の関係が認められた。しかしながら、年齢、性別、BMIを共変量とした場合は(モデルB)、有意な関係は認められなかった(表1)。

表1

これは、SBPと心疾患の関係が見かけ上のものに過ぎない可能性や血圧と心疾患の関係を考える上で必要な共変量が含まれていない場合、両者の関係を正確に分析することが出来ないことを意味し、共変量の選択の重要性が示唆される。年齢の影響を評価するのに40-64歳、65歳以上といった長い期間を考慮した場合、SBPの推定値は有意となった。これは年齢の間隔が長すぎてSBPが年齢の代理変数となってしまっている可能性が示唆される。

これらの結果は、高血圧が心疾患の主要な原因であり、高血圧の基準値を下げることにより心疾患を減少させるという考えに基づく2017 ACC/AHAガイドラインを支持せず、心疾患と高血圧に関する治療に関しての再検討の必要性を示唆していると考えられる。本データにおける新規心疾患の罹患率は年あたり約0.5%である。1万人を対象にした調査では年当り50人程度の患者数しか期待できず、統計的に有意な結果を得ることがしばしば困難である。このため、罹患率などが高いグループから標本を選ぶことが行われる場合がある。2017 ACC/AHAガイドラインは、SPRINTの結果を繰り返し引用しており主要な根拠の一つとしているが、対象者は “increased risk of cardiovascular events(心臓血管イベントのリスクが増加した)” とされており、明らかにリスクの高い対象に対する偏りのある疫学調査となっている。したがって、SPRINTの結果を一般大衆の基準とするには統計的に大きな問題があるとされてもいたしかたない。

血圧以外では、ヘモグロビンA1c、尿蛋白、1年以内の体重変化、コレステロール、アラニンアミノ基転移酵素、睡眠に関する変数の推定値が有意となった。推定値の符号はほぼ予想通りであったが、コレステロールに関しては、コレステロールの種類によらず、その上昇がむしろ心疾患のリスクを減らすという結果を得た。さらに薬の服用に関して、i)血圧を下げる薬(降圧剤)、ii)インスリン注射又は血糖を下げる薬、iii)コレステロール等を下げる薬の影響の分析を行った。これらの影響において最も注目すべき点の1つは降圧剤の使用の有無を表す変数の推定値が正でありそのt値が非常に大きくなっている点である。これは、降圧剤の使用は心疾患を予防するのではなく、むしろ、心疾患発症のリスクを高めてしてしまう恐れがあるとも考えられる。なぜこのような結果が得られたかについてはいくつかの解釈が可能である。第1は、降圧剤の服用者は、非使用者に比較して頻繁に病院や診療所を訪れるため、心疾患が発見されやすい可能性、第2は観測されなかったリスク要因があり、降圧剤の使用がその代理変数となって見かけ上関係を生じている可能性、第3は降圧剤には負の副作用があり、その使用自体が心疾患を引き起こすリスク要因となっている可能性である。第1の可能性では、病院や診療所に行って頻繁に診療を受けることが(降圧剤の使用ではなく)重要となる。第2の可能性では観測されなかったリスク要因の特定が重要となり、健康診断項目の変更といったことが必要となる。第3の場合は、さらなる降圧剤のリスクに関してさらなる研究・分析が必要であり、降圧剤の処方は慎重に行われなければならない。

さらに、降圧剤と新型コロナウイルスの伝染の関係についても記述した。これまで、SARS ・新型コロナウイルスの感染について分析が行われている。SARSの伝染メカニズムメカニズムに影響する酵素に関してすでに2003年にLi at al.により研究論文が発表されている。同一の酵素が新型コロナウイルスの感染に影響することが報告され、多くの研究が行われている。降圧剤とは無関係のようであるが、広く使用されている一部の降圧剤がこの酵素の生成に関連している。 2000年初頭のSARS問題から、変異種を含むウイルスがパンデミック(pandemic)を引き起こす可能性は想定されるべきであり、引き続き広く研究を行いそれに基づく対策が取られるべきであった。これは、今回のパンデミックから得られた教訓であろう。