ノンテクニカルサマリー

産業内・産業間の輸出スピルオーバー

執筆者 近藤 恵介(上席研究員)
研究プロジェクト RIETIデータ整備・活用
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「RIETIデータ整備・活用」プロジェクト

グローバル経済において、輸出拡大を通じて経済発展の恩恵を享受できることは重要である。日本でも輸出促進を政策目標としてかかげる一方で、依然として輸出市場への参入障壁は高いように思われる。高額な費用を負担してでも正の利潤を得られるような生産性の高い企業のみが輸出を開始できることが理論的に分析され、実証分析でも整合的な結果が得られている。政策的には個々の企業の生産性を高めていくことがもちろん重要だが、輸出の参入障壁となる固定費用を引き下げることで潜在的な輸出企業を支援する政策も考えらえる。

本研究では、近隣に輸出事業所が集積することによる輸出促進のスピルオーバー効果の存在に着目する。例えば、周辺に輸出事業所が集積していると、輸出開始に必要な情報が蓄積され、輸出市場への新規参入の固定費用が引き下がるかもしれない。また輸出額の大きな事業所が周辺に存在することで、輸出に係る物流サービスへのアクセス可能性が高まり、輸出の可変費用が引き下がることも考えらえる。このようなスピルオーバー効果について、同一産業と異なる産業の輸出事業所の集積を区別しながら実証的に検証する。

本研究における斬新的なアプローチは、事業所所在地を特定するためにジオコーディング技術を採用し、産業内・産業間の観点から地理的な輸出スピルオーバーを検証可能とする変数を作成した点である。従来の研究では、市区町村や都道府県のように、同じ行政区域に存在する輸出事業所を集積変数として用いるのが一般的であったが、行政区域の形状の違いによって結果にバイアスが生じる可能性がある。また空間的なスピルオーバーの範囲や強度を十分検証することができない。本研究では、独自の輸出メッシュ統計を作成したのちに、空間的な範囲や強度を検証できるように周辺輸出事業所数、周辺輸出事業所シェア、周辺輸出額の3つの変数を構築した。

2012年から2019年までの工業統計調査(経済産業省)および経済センサス-活動調査(総務省・経済産業省)の調査票情報を用いて分析した結果、同一産業の輸出事業所の集積は、周辺の非輸出事業所に対して新たに輸出を開始させやすくすること、また既存輸出事業所に対して輸出額を増加させることが明らかになった。具体的には、新規の輸出開始には、周辺輸出額の大きさではなく、周辺輸出事業所の数が多いほどその確率が高まる。一方で、輸出額の増加には、以下の図1で示すように、周辺輸出事業所の数ではなく、周辺輸出額の大きさが影響することまで明らかになった。なお、このような効果は異なる産業の輸出事業所が周辺に集積していても観測されていないことから、輸出スピルオーバー効果は同一産業の生産ネットワーク構造に依存する可能性を示唆する。

図1 事業所の輸出額と周辺輸出事業所の集積の関係(2018年)
図1 事業所の輸出額と周辺輸出事業所の集積の関係(2018年)
注)論文のFigure 6から引用。縦軸が製造事業所の輸出額(対数値)、横軸が周辺の輸出事業所の合計輸出額(対数値)を表す。周辺輸出額は、同一産業と異なる産業でそれぞれ区別している。周辺輸出額は、距離で重みづけした市場ポテンシャル型の変数(距離減衰パラメータ=4)として作成している。固定効果推定による分析の結果(論文のTable 6)、同一産業内の周辺輸出額は1%水準で統計的に有意に正となっているが、異なる産業の周辺輸出額は10%水準でも統計的に有意ではない。

本研究結果を踏まえ、政策的含意について議論する。まず輸出促進という観点からは同一産業の輸出事業所の集積が地理的に狭い範囲で形成されていることが有効であると考えられる。ただし、輸出スピルオーバー効果は、立地に依存することから地域限定的にならざるを得ないことに注意を要する。日本全国に存在する潜在的に輸出業者となりえる企業に対しては、Hayakawa et al. (2014)やMakioka (2021)で一定の効果があると示されているように、輸出展示会・商談会という一時的な輸出集積を政策的に作り出し参加を促すことが有効であると考えられる。国内の需要縮小が懸念される中、政府関係機関等が輸出開始の参入障壁を引き下げる施策を積極的に行うことで輸出促進を進めていくことに今後重要な意義があると考えられる。