ノンテクニカルサマリー

中小企業における私的整理

執筆者 植杉 威一郎(ファカルティフェロー)/小野 有人(中央大学)/本田 朋史(神戸大学)/安田 行宏(一橋大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

債務リストラクチャリングには、法的整理(倒産)と私的整理の2つの方法がある。本稿では、法的整理に比べて研究蓄積が少ない中小企業の私的整理について分析する。コロナ禍では、日本を含む多くの国で企業債務が増加する一方、倒産件数が減少した。コロナ禍での借入は既に返済が始まっており、今後、事業キャッシュフローの回復が不十分な企業では、財務危機が生じて債務リストラクチャリングが必要になると予想される。また、とりわけ中小企業の場合、私的整理に要するコストが法的整理よりも低いことが知られている(Hotchkiss et al. 2008)。このため、私的整理の機能や効果を理解することは重要であり、国際的にも関心が高い(FSB 2022)。たとえば、私的整理によってデットオーバーハング(債務超過であるが故に正味現在価値が正の投資が実行されない状況)が解消されれば、企業が前向きな投資を行って事業が再生することが期待される(Giroud et al. 2011)。一方で、私的整理が安易に行われれば、企業や金融機関のモラルハザードが生じていわゆる「ゾンビ」企業を延命させるだけに終わる懸念もある(Inoue et al. 2010)。

上記の問題意識に基づき、本稿では、中小企業再生支援協議会(現 中小企業活性化協議会)が関与する準則型私的整理(一定のルールに基づく私的整理)に関する匿名データを用いて、日本の中小企業における私的整理がどのように行われているのかを明らかにし、その決定要因を分析した。また、いくつかの企業属性を用いて企業データベースとのマッチングを行い、私的整理後の企業パフォーマンスに関する分析も行った。我々の分析データは、以下の2点において、多くの先行研究よりも優れている。第一は、分析サンプルの代表性である。私的整理に関する数少ない先行研究では、大企業・上場企業の私的整理に関する報道データや、中小企業を含むものの特定の銀行の内部データを用いたものが多い。我々の分析データの対象は、日本の中小企業で最も標準的な私的整理手法を用いた企業であり、サンプル数(1万弱)も多い。第二は、私的整理に伴い策定された再生計画の詳細な内容が分かることである。私的整理の内容をきめ細かく分析することで、事業再生に有効な私的整理のあり方に関する示唆を得ることできる。

主な分析結果は、以下の通りである。まず私的整理の概要をみると、中小企業再生支援協議会が関与する私的整理の件数は、世界金融危機からしばらく経った2014年がピークであった。中小企業金融円滑化法に基づいて貸付条件の変更を行った企業のうち、より踏み込んだ事業再生が必要とされる企業が、円滑化法終了後に準則型私的整理を行ったためではないかと推測される。再生計画の内容をみると、債務リストラについては、9割以上の企業がリスケを行った一方、債権放棄等のリスケ以外の措置(以下、抜本的な債務リストラ)をとった企業は1割強のみであった。また、私的整理に伴う経営者等の取り組みをみると、役員報酬の削減を行った企業が6割以上と最も多い。一方で、退任、減資、私財提供といったより重い経営責任(抜本的な経営リストラ)をとった企業は2割程度に留まっている。

表:再生計画に盛り込まれた措置
表:再生計画に盛り込まれた措置

次に、どのような属性の企業が私的整理においてより踏み込んだ措置をとったかを調べるため、リスケのみを行った企業をベンチマークとする分析を行った。債務リストラに関しては、債務超過かつ営業黒字の企業で抜本的な債務リストラが行われる確率が高いことが分かった。この分析結果は、いわゆるデットオーバーハングに関する理論的予想と整合的である。デットオーバーハングの理論的研究(Myers 1977)は、正味現在価値が正の投資機会を有しているが債務超過により投資誘因が損なわれている企業に対しては、既往債務を減免することが借り手・貸し手双方にとって望ましいと予想するからである。また、営業黒字の企業ほど抜本的な経営リストラを行う確率が高いことが分かった。企業統治に関するいくつかの先行研究(Kang and Shivdasani 1995など)は、業績が悪化した企業ほど社長交代の頻度が高いことを見出しているが、我々の分析結果はこれらの先行研究とは逆であり、興味深い。また、私的整理を行う企業が主要取引先としている金融機関の業態に注目すると、信用金庫、信用組合といった規模の小さい金融機関と取引している企業では、抜本的な債務リストラや経営リストラが行われる確率が低いことも分かった(ベンチマークは都市銀行)。この結果は、規模の小さい金融機関ほど、より踏み込んだ措置を伴う私的整理を行うための経営資源が乏しい可能性を示唆している。

さらに、私的整理後の企業の事後パフォーマンスの変化を、上記の措置別に調べたところ、抜本的な債務リストラを行った企業は、リスケのみのベンチマーク企業に比べ、売上、利益ともに改善していた。また、抜本的な経営リストラを行った企業では、ベンチマーク企業よりも雇用が減少する一方で利益は改善していた。これらの結果は、抜本的な債務リストラや経営リストラを伴う私的整理が、デットオーバーハングの解消やモラルハザードの抑制を通じて、事後的な企業パフォーマンスの改善につながったことを示唆している。

ただし、私的整理後の事後パフォーマンスに関する分析では、サンプル企業の数が1,000社超まで減少している。また、企業と金融機関の交渉の結果である私的整理の内容は内生性があるため、分析結果は因果関係を示すものではない。今後、データのマッチングの精度を高めてサンプル数を増やすとともに、操作変数等を用いた分析を行って、私的整理が事後パフォーマンスに及ぼす因果効果を調べることとしたい。