ノンテクニカルサマリー

ジップ法則と企業の成長ダイナミクスについて

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

企業の規模というのは様々である。GAFAのように売上が何十兆円にもなる巨大企業もいれば、商店街にある家族経営の定食屋のような小さな企業も存在する。企業の規模は一見すると企業ごとに全くバラバラなように見えるが、経済学の分野ではこの企業規模の異質性(つまり、企業規模のバラバラの程度)には1つの統計的な規則性があることが知られている。

図(a)は日本における企業規模の確率分布を示したものである(ここでは両辺は対数値)。この図から分かる通り、企業の売上約1億円程度の規模の企業が最も多く、当然ながらそれより規模の大きな企業は数としては減少する。しかし、この図で特徴的なのは、この減少の仕方が、両辺を対数にとった場合には右下がりの直線になるという点である。この規模の分布のテール部分(つまり規模分布における大企業に該当する部分)が直線になるという特徴は日本経済のみならず、どの国の企業を対象にしても広く成り立つことが知られており、この分野ではジップ法則(Zipf's law)と呼ばれている。

ジップ法則がこれまで数多くの研究の対象となってきた理由は、企業の規模の確率分布をもたらす企業の成長(もしくは縮小)メカニズムの反映でもあるからである。つまり、企業がどう成長するかは経済現象の基本とも言えるが、その結果として企業の規模の確率分布が形成されるのであるから、そのような企業の成長・縮小のメカニズムの説明とジップ法則は整合的でなければならない。企業成長に関する理論をテストするという意味でもジップ法則というのは重要なのである。そこで、この論文では企業規模分布のジップ法則を分析し、その背景にある企業の成長メカニズムについて研究した。

今回の分析でまず着目したのは、社齢別に分けた企業規模の分布である。図(b)では、企業を社齢70歳以上(old)、社齢50~70歳(middle)、社齢50未満(young)に分割し、それぞれのグループについての企業規模の分布を示している。その結果、図(a)で観察されたようなジップ法則は、比較的若い企業(社齢50未満の企業)の規模の分布によって成り立っており、社齢の高い企業ではジップ法則が成り立たっていないことが分かった。

この観察事実が重要なのは、ジップ法則は主に社齢の高い企業が生み出すと想定しているこれまでの先行研究と矛盾するからである。つまり先行研究では、長い時間にわたって企業が、倒産や市場から退出することもなく、毎年コツコツと成長を重ねた結果として大企業になり、それらがジップ法則を形成すると考えられてきた。そのような長い時間をかけるということは社齢としては高くなることを意味しており、したがって、ジップ法則を形成するのは主に社齢の高い企業であると考えられたのである。

しかし、図(b)が表しているのは、そのような社齢の高い企業ではジップ法則は成り立たず、むしろジップ法則は社齢の若い企業で成り立つ法則なのである。したがって、このことは、これまでの先行研究で想定していた企業の成長メカニズムが実際のデータと整合的ではないことを示している。

図:企業の規模の確率分布(確率密度関数)
図:企業の規模の確率分布(確率密度関数)

このような観察事実を前提に、本論文では、特に社齢の若い企業においてジップ法則が成り立つこととその背後にある企業の成長メカニズムについて、既存のものとは異なる説明を試みた。詳細は論文本体の方に譲るが、企業の成長メカニズムは、長い時間をかけて小さな成長を繰り返すような漸増的なものではなく、短期間に少ない数の大きな成功(ジャンプ)によって急激に成長するものであることが分かった。この2つの成長メカニズムは性質として異なり、ジップ法則はこの後者の企業成長の特性を反映しているのである。経済政策における巨大企業の存在やその育成は近年の重要なテーマであるが、その前提となる企業の成長メカニズムを明らかにしたのが、この論文の政策インプリケーションである。