ノンテクニカルサマリー

パッシブファンドの運用会社にエンゲージメントの対価を払うことで、ESG評価は改善するか

執筆者 Marco BECHT(Université libre de Bruxelles / CEPR / ECGI)/Julian FRANKS(London Business School / CEPR / ECGI)/宮島 英昭(ファカルティフェロー)/鈴木 一功(早稲田大学 / ECGI)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト

本論文では、GPIFが2017~2018年にかけて開始した2つのESG改善のための取り組みについて分析する。これら2つの取り組みとは、(1) 通常のパッシブ投資に用いられるような、多数の株式をまんべんなく構成銘柄とする株価指数(たとえば、東証株価指数:TOPIX)などと異なり、ESGスコアの優れた企業のみから構成される「best-in-class型」のパッシブ投資指数(FTSE(注1) Blossom Japan指数とMSCI Japan ESG Select Leaders指数)の創設と投資開始(2017年)、(2) 投資家によるESG改善のためのエンゲージメント(企業との対話)を強化するために、「エンゲージメント強化型パッシブ」と称する仕組みを作り、2社の投資運用会社を選定して通常の資産運用に対する手数料に加えて、エンゲージメント活動に対して追加の手数料の支払うようにしたこと(2018年)、である。

筆者らは、エンゲージメント強化型パッシブとして選定された2社のうちの1社であるアセットマネジメントOne(以下 AM One)の、2018年~2022年の3,700件を超える投資先企業との対話記録を入手して、対話の結果として、FTSE社やMSCI社によるESGスコアが改善したかについて分析した。その結果、AM Oneが対話を実施した企業は、実施していない企業に比べて、特にFTSEのESGスコアの改善が顕著であったこと、このESGスコアの改善は、主にE(環境)に関する対話からもたらされていることを確認した。

次に、こうしたESGスコアの改善の結果、実際に企業がGPIFの選定したbest-in-class型のパッシブ指数に採用される(もしくはスコア悪化の結果、指数から除外される)場合の株価反応を、イベントスタディの手法で検証した。その結果、FTSE、MSCIの両指数ともに、採用はプラスの株反応、除外はマイナスの株価反応をもたらすことが分かった。

これらの結果から、GPIFの2つの施策によって、まず、追加手数料を支払われた機関投資家のエンゲージメント活動が2018年に開始した後に、対話対象となった企業のESGスコアが、未対象の企業のスコアに比べてより大きく改善したことが確認された。このことは、表に示すように、対話先企業のESGスコアと、未対話先のESGスコアの差が、2018年のエンゲーメント開始以降に拡大している(2つのグラフの差が拡がっている)ことに現わされている。また、ESGスコアが改善してbest-in-class指数に採用された企業の株価は、採用の事実が公知となったタイミングで、上昇することも確認された。すなわち、機関投資家のエンゲージメントによって、企業のESGスコアが改善すれば、当該企業も株価上昇というメリットを享受でき、指数全体も上昇が期待できるわけである。我々は、これら2つの施策は「車の両輪」として、補完的に日本企業のESGの改善に貢献した可能性が示唆されていると考えている。

表:AM Oneのエンゲージメント前後でのFTSEのESGスコアの改善状況
表:AM Oneのエンゲージメント前後でのFTSEのESGスコアの改善状況
脚注
  1. ^ FTSE社は、世界の主要経済紙であるFinancial Times社 (FT)と、ロンドン証券取引所(London Stock Exchange)の 合弁会社、MSCI社は、アメリカ合衆国・ニューヨークに本拠を置くニューヨーク証券取引所上場企業で、両者とも金融サービス企業株価指数の算出や、ESGの評価スコアの提供を行なっている。