ノンテクニカルサマリー

パンデミック後のインドネシアの景気動向に関するセクター別エビデンス

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「Economic Shocks, the Japanese and World Economies, and Possible Policy Responses」プロジェクト

インドネシア経済は、混乱時や危機時に中断しながらも長年にわたり着実な成長を遂げてきた。このところインドネシアは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)、インフレ、米国の緊縮的金融政策、変動の激しいコモディティ価格に直面してきている。パンデミック発生以降、インドネシア経済がどのように推移してきたかを分析するため、本稿は、COVID-19がインドネシア経済を直撃した以降のセクター別株式リターンと、いくつかのマクロ経済的変数に基づく予想リターンを比較している。

分析結果によると、COVID-19のパンデミックが発生してコモディティ価格が上昇して以降、石炭会社と鉄鋼会社の実績は好調である。さらに、医薬品やヘルスケアなどパンデミックによって利益を得たセクターも好調が続いている。在宅勤務の人々が自宅の情報通信技術(ICT)機器をアップグレードしたことから、電気通信機器関連の株価は高騰した。銀行・金融セクターはパンデミック発生時に低調だったが、現在はマクロ経済変数が予測したとおりに推移している。パンデミックが始まって以来、銀行株は50%上昇している。非商品製造業と建設関連セクターは低迷している。図1は、パンデミック発生以降における、石炭セクターと医薬品セクターの株価の推移を示している。

また分析結果によると、インドネシアの各セクターは特にインドネシア株式市場全体の影響を受けやすく、為替レートや世界需要といった他の変数に対する個々のエクスポージャーは小さい。これは、純輸出よりもむしろ国内需要が成長の原動力となっている経済にありがちな現象である。

インドネシアには、2億7700万人以上もの消費者を抱える大きな国内市場があり、多くの企業は、この国内市場に依存して利益を上げている。さらに、調査結果は、石炭、鉄鋼、自然資源の各セクターが好調だったことを示している。

以前の経緯からすると、1997年から1998年のアジア金融危機で経験したように、インドネシアの国内経済は突然減速しかねない。また歴史をたどると、コモディティのブーム(過熱)はコモディティのバスト(急後退)へと移行する可能性がある。例えば、1973年から1981年にかけて、OPECカルテル、イラン革命、その他の要因によって供給が制限されたため、原油価格は10倍に上昇した。その後、1981年から1986年にかけて石油過剰が発生し、石油価格は暴落した。

インドネシアにとっては、実現可能な別の成長エンジンを持つことによって多様化を図ることが有益であろう。当然ながら候補にあがるのは、労働集約型製造である。1980年代に石油価格が暴落した後、インドネシアは繊維、靴、家具など労働集約的な商品の輸出に転じた。インドネシアが世界市場で競争するにつれ、品質の向上と価格の引き下げを余儀なくされた(Yoshitomi, 2003)。もし今日、インドネシアが労働集約的な商品の輸出を増やすことができれば、競争の原則が生産性も向上させるはずだ。世界市場で競争するという規律が再び生産性を高めるだろう。世界銀行の報告(2023)によると、労働生産性と全要素生産性の低成長がインドネシア経済を悩ませてきた。

アジア金融危機以前、インドネシアは、多国籍企業からの海外直接投資(FDI)を引きつけることによって労働集約型製品の輸出に成功していた。FDIは、インドネシアに優れた生産技術を移管させるためのビークルの役割を果たした。ベトナムは現在、輸出志向型FDIを引きつけることで成功している。インドネシアは、地域のバリューチェーンに参加している多国籍企業からのFDIを、いかにして引きつけることができるのか。

FDIを引きつけるために重要な手段の一つは、教育と人的資本の形成を改善することであろう。インドネシアは、2018年実施の15歳の生徒を対象とした数学、科学、読解力の「OECD(経済協力開発機構)生徒の学習到達度調査(PISA)」で78カ国中71位であった。世界銀行の報告(2023)では、標準テストにおける生徒の成績を調査した結果、インドネシアの小学4年生は平均して11カ月のスキルの遅れがあり、貧困家庭の生徒やインターネットをほとんど使用しない生徒はさらに遅れていることが示された。インドネシア政府は、教育の復興に資金を割り当て、授業時間と補習を増加し、授業時間以外にもっと勉強できるよう両親に協力を仰ぐべきである。日本、オーストラリア、その他の国々は、政府開発援助(ODA)を供与してこうした分野を支援し、脆弱な子どもたちのために、母親への適切な出生前ケアを施すことや、子どもたちが幼少時に適切な栄養や医療を得られるよう手助けすることを検討するべきである。

FDIを引きつけるために重要な二つ目の手段は、保護主義に対抗することであろう。グローバル・トレード・アラートの報告によると、インドネシアは2009年1月から2022年1月までの期間に532件の保護主義的な貿易介入を実施したが、これはマレーシアによる実施件数の2倍以上、また、タイによる実施件数の4倍以上である。Cali and Montfaucon (2021)が示すように、保護貿易政策には、輸入承認、輸入通関の制限、出荷前検査、インドネシア基準による認証義務などがある。インドネシアの輸出業者は輸入材料に依存しているため、輸入制限によって輸出量が減少する可能性がある。

Cali and Montfaucon (2021) では、輸入制限が輸出に及ぼす悪影響についてのエビデンスが提示された。同論文では、2014年から2018年のサンプル期間について全企業の月間輸出量を分析している。その結果によると、輸入通関の制限またはインドネシア基準による認証義務を1%増加させると、輸出量と輸出額が共に約1%減少するという。さらに、インドネシア企業を輸入競争から保護する非関税措置は、企業の生産性を低下させるとも指摘している。彼らは、保護された部門の企業の輸出先数、企業の生存確率、輸出のエクステンシブ・マージンが低下している証拠を報告した。すなわち、保護主義は輸出業者の環境に影を落とし、海外投資家を遠ざける。

インドネシア経済は、国内需要と自然資源の輸出に後押しされ好調に推移している。アジア金融危機発生時と1980年代の原油価格崩壊時の経験によると、この二つの成長エンジンはどちらも機能しなくなる可能性がある。 第三の成長エンジンとして労働集約型輸出を育成することで、インドネシア経済の堅牢性を高め、生産性を向上させることができるであろう。

図1. 石炭セクターと医薬品セクターにおけるCOVID-19パンデミック発生以降の株式の実勢価格と予想価格
図1. 石炭セクターと医薬品セクターにおけるCOVID-19パンデミック発生以降の株式の実勢価格と予想価格
注記:青い線はセクター別の実勢株価を表し、オレンジの線はセクター別の予想株価を表している。予想株価は、次に関するセクター別株式リターンの回帰分析によって取得した。1) インドネシア株式市場のリターン、2) 世界株式市場のリターン、3) インドネシア消費者物価指数インフレ率に関するニュース、4) ルピア対ドル為替レートの対数の変化、および 5) ドバイ原油のドル建てスポット価格の対数の変化。回帰分析の対象期間は、2002年4月から2020年2月までとした。また、右辺変数の実際のサンプル外の値を使用して、2020年3月から2023年6月までの期間の株価を予想している(オレンジの線)。
参考文献
  • Cali, M., Montfaucon, A., 2021. Non-tariff measures, import competition, and exports. (Policy Research Working Paper 9801). World Bank, Washington DC.
  • Yoshitomi, M. 2003. Post-Crisis Development Paradigms for Asia. Asian Development Bank Institute, Tokyo.
  • World Bank, 2023. The invisible toll of COVID-19 on learning. Indonesian economic prospect, June.World Bank, Washington DC.