ノンテクニカルサマリー

海外派遣は教員の資質・能力を高めるか?

執筆者 西畑 壮哉(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)/田原 英典(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)/小林 庸平(コンサルティングフェロー)
研究プロジェクト 日本におけるエビデンスに基づく政策形成の実装
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「日本におけるエビデンスに基づく政策形成の実装」プロジェクト

問題意識と分析の概要

教育経済学の分野において、教員の質が児童・生徒の学力を向上させる重要な要因の一つであることは広く認識されている。教員の質を高める方法としては、①良い教員を採用する、②教員に対してインセンティブを付与する、③既存の教員をトレーニングする、などの方法が挙げられるが、教員の質を高める効果的な方法については必ずしもコンセンサスが得られていない(Fryer et al., 2022)。

文部科学省では、日本人学校や補習授業校といった在外教育施設の支援を目的として、毎年数百人の教員を日本人学校や一部の補習授業校に派遣している。在外教育施設の一義的な目的は海外に居住する日本人の子どもに日本と同等の教育を提供することにあるが、在外教育施設への教員派遣は教員の資質・能力をも高める可能性がある。そこで本稿では、直近10年以内に在外教育施設に派遣された教員と派遣経験のない教員のアウトカムの伸び幅を比較することによって、海外派遣が教員の資質・能力に与える影響を検証した。

分析結果のポイント

分析結果のポイントは以下のとおりである。第一に、派遣教員は、派遣経験のない教員と比較して、10年間で平均してカリキュラム・マネジメント能力の自己評価が約0.2標準偏差、多文化・異文化理解能力の自己評価が0.4~0.6標準偏差向上することが明らかになった(図表1)。これは、派遣経験のない教員と比較して、10年間でのカリキュラム・マネジメント能力の伸びが1.4倍程度、多文化・異文化理解能力の伸びが1.6倍程度大きくなることを意味している。

第二に、派遣教員のうち、経験の浅い教員はカリキュラム・マネジメント能力を高める傾向が強く、経験豊富な教員は学校の管理・運営能力を高める傾向が強い。また、経験年数に関係なく、派遣教員は多文化・異文化理解について自信を深めていた。

図表1 在外教育施設への派遣経験のない教員と比較した派遣教員の資質・能力の変化
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図表1 在外教育施設への派遣経験のない教員と比較した派遣教員の資質・能力の変化
注)縦軸のラベルは各推定モデルのアウトカム、各点は係数の推定値、エラーバーは90%信頼区間を表す。各アウトカムは平均0、標準偏差1になるように基準化している。すべての推定で性別、経験年数とその2乗、2021年勤務校の学校規模、教員になる以前の渡航経験、2011年時点の外国人児童生徒との接点をコントロールしている。

第三に、処置群における平均処置効果(ATT)と対照群における平均処置効果(ATU)を比較すると、両者の差は小さく、派遣経験のない教員についても遜色のない派遣効果が期待できることが示唆された。

政策的インプリケーション

本稿の分析結果をもとに、政策的インプリケーションを敷衍すると以下の点を指摘できる。第一に、教員の海外派遣は教員の資質・能力を高める手段として有効であることを示唆している。そのメカニズムとしては、他自治体から派遣された教員の指導法に触れられる点や、意欲的な教員と交流できる点、海外でマイノリティとして生活する経験が得られる点などが考えられる。

第二に、グローバル化の進展に伴って、国内においても多文化・異文化理解などの重要性はますます高まっていくと考えられる。そうした観点からも、在外教育施設への教員派遣の意義は今後より高まっていくと予想される。

第三に、民間企業を含めて、海外駐在は徐々に希望者が少なくなる傾向にあるが、本稿の分析結果は、派遣教員の裾野を広げたとしても、一定の派遣効果を期待できることを示唆している。派遣の心理的なハードルを取り除いたり、派遣期間中やその前後の環境を整備したりすることで、派遣希望者の裾野を広げることができれば、教員の資質・能力を高めるうえでも有効な施策となる可能性がある。

※本研究は、在外教育施設への派遣経験が教師の資質・能力等にどのような効果を与えるかを実証的に研究するため、令和3年度に文部科学省と総務省行政評価局が共同して、「政策効果の把握・分析手法の実証的共同研究」の一環として実施(委託先:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)した「在外教育施設に派遣された教師に係る派遣効果に関する調査・分析」を元に実施したものである。
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/seisaku_n/seisaku_ebpm.html#/

参考文献
  • Fryer Jr., R. G., Levitt, S. D., List, J., and Sadoff, S. (2022). “Enhancing the Efficacy of Teacher Incentives through Framing: A Field Experiment,” American Economic Journal: Economic Policy, 14(4), 269–299.