ノンテクニカルサマリー

越境データフローの企業レベルの決定要因:変数選択手法に基づくミクロ計量分析

執筆者 伊藤 萬里(リサーチアソシエイト)/冨浦 英一(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト グローバル化、デジタル化、パンデミック下における企業活動に関する実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル化、デジタル化、パンデミック下における企業活動に関する実証分析」プロジェクト

データ駆動型ビジネスへのシフトが強まる中、企業の間でデータの収集と活用に向けた動きが活発化している。国際貿易においてはデータ収集と移転を伴ういわゆるデジタル貿易の拡大により、海外でデータを収集する必要性が高まっている。こうした企業のデータ収集を決定づける要因について企業レベルで接近を試みた研究はデータ制約もあり限られている。また、決定要因としてどの企業属性が影響するかについて示した先行研究は見当たらない。このため本研究では、どのような企業属性がデータ収集の開始に関連性を有するのか、様々な企業属性の中から説明力を有する重要な属性を過去の傾向から経験的に絞り込むことが可能な機械学習の手法を用いたLASSO回帰によって分析を試みた。

分析対象は2019年と2021年に日本企業の事業活動におけるデータ収集活動の有無について実施したアンケート調査に回答した2,108社であり、2調査の回答分布は表1に示す通りである。2時点でデータ収集無しの企業は全体の4割余りあるが、2019年にはデータ収集無しと回答し2021年に国内データ収集ありと回答した企業が2割ほど、同じく2019年にデータ収集なしで2021年に国内と海外でデータ収集と回答した企業が1割ほど存在し、この期間に新たにデータ収集を開始したと推測される企業の割合も顕著である。

表1
表1

分析では、2019年の企業属性が2019~2021年のステータス変化に影響を与えたと考え、LASSO回帰によってデータ収集への参入に重要な企業属性の特定を試みた。候補となる企業属性は生産性や企業規模のほか、外国との取引、部門別従業員構成比など43変数があり、このうちLASSO回帰で海外データ収集への参入を説明する力が強いと判断された属性は、労働生産性、売上高、無形資産、直接投資残高、能力開発費、サービス輸出入、海外への製造業務委託といった企業属性であった。

これらの企業属性の中でも特に直接投資残高の影響は顕著であり、海外データ収集が主に自社の海外子会社を通じて行われている実態を反映している。これは多国籍企業のグローバルな活動を維持するには、データセンターやサーバーなどの海外拠点の設置や子会社と本社間の密接な情報共有が不可欠であるからだと考えられる。また、無形資産やサービス貿易、製造業務の海外業務委託が選ばれていることは、製品の製造・販売に特化するのではなく製品とサービス(例えばメンテナンスサービスなど)を融合させたサービス化が海外データ収集を伴うデジタル貿易の開始に重要であることを示唆している。さらに注目すべき結果は、能力開発費が選ばれている点である。従来の財・サービスの貿易からデジタル貿易に移行するためには、サービス化と共に企業内でリスキリングが求められることを反映していると考えられる。

国際貿易においてデータ収集と移転を伴うデジタル貿易は、今後も情報通信技術の更なる発展や関連する規制の撤廃によって一段と拡大する見込みである。本稿の分析結果からは、現状では多国籍企業がデジタル貿易を中心的に担っていることが窺える。多国籍企業は企業数としては全体のごく一部だが、規模が大きく、高賃金を支払い高度人材を雇っていて、取引相手も多く、研究開発の中心であることなどからその影響は幅広い経済分野に波及するといえよう。このように一部の多国籍企業に海外データ収集が集中する背景には、進出先でデータの国外移転を禁じるデータ・ローカライゼーション規制があるためという見方もできる。この点について政策的には、日本は引き続きDFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)の旗振り役として越境データ移転の円滑化を一層進めていくことで、多国籍企業以外の企業もデジタル貿易への参入が容易になることが期待される。また、サービス化への対応や人への投資の遅れがデジタル貿易参入の遅れにつながっている可能性もあることから、企業のサービス化とリスキリングを一段と推進していくことで、デジタル貿易を通じ海外市場が拓かれる可能性がある。