ノンテクニカルサマリー

政治家による企業訪問と企業価値:中国における中央指導者の現地視察からのエビデンス

執筆者 伊藤 亜聖(ファカルティフェロー)/林 載桓(青山学院大学)/張 紅詠(上席研究員)
研究プロジェクト グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第五期:2020〜2023年度)
グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)

中国企業に関する実証分析では、政治的コネクションがとくに私営企業の株価や業績にポジティブな影響を与えてきたことがたびたび報告されてきた。特に上場企業の取締役会メンバーが政府や中国共産党の役職経験を持つことを政治的なコネクションとして扱った分析が蓄積されている。中国経済が計画経済から市場経済へと移行してきた中で、制度的なグレーゾーンが断続的に発生してきたため、政治的なコネクションには制度的な不確実性を埋める機能があったと考えられる。2000年代と2010年代を通じて、中国企業を取り巻く経営環境がますます制度化・透明化されてきたとの立場に立てば、政治的なコネクションの価値は徐々に低下すると想定される。一方で、2010年代に習近平政権が進めた集権化のもとで、高位政治家との政治的コネクションの価値はむしろ高まった可能性もある。

本研究では2002年から2022年を対象に、政治的なコネクションが中国企業の短期と中長期のパフォーマンスにどのように影響を与えているかを検討した。事例として扱ったのは政治指導者の企業訪問である。中華人民共和国では政治指導者が現地視察を頻繁に行ってきた。例えば毛沢東は中国共産党の最高指導者として現地調査を重視し、1949年から1976年までの27年間に計58回、合計2,943日間、北京を離れて各地を歴訪した。こうした慣例は2000年代以降にも継続している。なかでも中国の政治家に特徴的なことは、現地調査の際に訪問地の代表的な企業を訪問することである。最高指導者の訪問は、ある種の政治的コネクションの表れだと捉えることができ、中国の政治体制のもとで、企業にとって政府高官の訪問を実現することは、①企業の隠された能力を対外的に示す効果と、②社会主義市場経済体制における政治的な正当性を確保し、将来的な政策的・金融的な支援を受ける蓋然性が高いことを対外的に示す効果を持つ。

まず筆者らは政府高官に関するメディア報道とその他の公開情報をもとに、2012年から2022年の期間に、習近平総書記と李克強国務院総理が何年何月何日にどの企業を訪問したのかを把握するリストを作成した。そして先行研究が作成した胡錦濤政権期のイベントリストと合わせて、20年間をカバーする合計180件の訪問リストを作成した(図1)。

図1. 党総書記および国務院総理による中国本土上場企業への訪問数(2003年-2022年)
図1. 党総書記および国務院総理による中国本土上場企業への訪問数(2003年-2022年)
出所:習近平政権期(2012年-2022年)のリストは筆者らが作成し、胡錦濤政権期(2003-2011年)のリストはSchuler et al (2017)より得た。

本論文では作成した訪問先企業リストに株価データ、そして上場企業財務データをつなげることで、訪問先企業選択のメカニズム、そして訪問先企業の株価や四半期レベルの業績への影響を推定した。訪問先企業の特徴としては、先行研究が指摘するように大規模で利益率の高い企業、そして国有企業が選定される傾向が確認されたほか、習近平政権期に入ると、ハイテク系企業が目立つようになった。同時に、政府や党での職務経験のある取締役がいる企業への訪問は減少しており、これは2013年10月に導入された兼業規制(いわゆる18号文件)の影響があったと考えられる。

次に株価と経営指標への影響を検討した。株価への影響については、市場全体の平均的な変動で説明できない株価変動を累積異常収益率として算出する標準的な市場モデルを採用した。その結果、政治家による訪問は個々の指導者に応じて、該当企業の累積異常収益率を最大で1.68%から5.51%程度、プラスに導くことが明らかになった。ただし総じて効果は一時的なものにとどまった。また一部の訪問では訪問イベント発生前に累積異常収益が上昇するケースも見られ、訪問以前に、価値のある訪問情報が漏洩し、疑わしい株式取引を引き起こしている可能性も示唆された。次に訪問と四半期レベルの経営指標との関係を見ると、非国有企業の1から4四半期後の売上および銀行借り入れと正の相関関係があることが確認された。政治的なコネクションが企業価値と企業財務にプラスの影響があるという結果は中国企業に関する主要な先行研究と整合的な結果である。

分析の結果から、政治的なコネクションの短期的および中長期的な影響が観察された。そして2000年代と2010年代を比較してみると、短期的な効果では、総書記の訪問が株価に与える影響は、量的には2010年代の方が大きく、そしてまた質的には情報が事前に漏洩している可能性も示唆された。また国有企業と非国有企業のそれぞれに与える効果も、この20年間で大きく変化していた。

制度的に見れば、中国では2010年代に政府手続きと政府許認可の簡素化、知的財産権制度の拡充、汚職への取り締まり強化に見られるように、企業を取り巻くビジネス環境がより効率化・透明化してきた。しかし分析結果から見ると、2000年代から2010年代に企業を取り巻く制度が整備されてきたなかでも、政治的なコネクションが持つ価値が低減したとは考えられない。コネクションが持つ意味とその効果の現れ方が大きく変貌しつつある可能性もある。日本企業を含む外資企業にとっても、政治的なコネクションの意味はいまだに無くなっていないと考えられる。中国で事業を展開する経営者には、引き続きダイナミックに変化する政治経済的な不確実性のなかで、経営をかじ取りすることが求められている。