ノンテクニカルサマリー

コロナ危機と企業のナイト流不確実性

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・サプライチェーンの危機と課題に関する実証研究」プロジェクト

1.趣旨

近年、世界経済危機、大規模自然災害、新型コロナ感染症、ロシアのウクライナ侵攻など累次にわたり、予期せざるショックが経済に深刻な影響を与えてきた。こうした中、不確実性が消費、投資など実体経済活動に及ぼす負の影響を明らかにする研究が進展している。不確実性には、①リスク(risk)―確率分布がわかっている―、②ナイト流不確実性(Knightian uncertaintyないしambiguity)―確率分布がわからない―という2つの要素があるとされている。企業や家計の将来予測の主観的確率分布を直接に調査することによってリスクを的確に把握する実証研究は増えているが、ナイト流不確実性を統計データを用いて計測した研究は限られている。

本稿は、日本企業を対象とした大規模な企業サーベイ(「法人企業景気予測調査」)の四半期パネルデータ(2004Q2~2021Q2)を利用し、不確実性の動向や特徴を観察するとともに、不確実性と設備投資の関係を計測する。本稿の特長は、ナイト流不確実性を反映した情報―自社業況や国内景況の先行き「不明」という回答―に着目する点、世界経済危機とコロナ危機を比較する点、マクロ経済の不確実性と自社業況(ミクロ)の不確実性の関係を示す点である。

2.結果の要点

(1)企業にとって遠い将来の見通しの方が不確実性が高い。すなわち、1四半期先の見通しが上昇なのか下降なのかが確実でも、2四半期先の見通しは不確実という企業は多い。
(2)国内景況(マクロ経済)の見通しが不確実なとき自社業況(ミクロ)の見通しも不確実な傾向があるが、国内景況の先行きが不確実でも自社業況の先行きは確実という企業も相当数存在する。
(3)業況が確実に下落すると予想する企業が大きく増加した世界経済危機と異なり、コロナ危機下では、業況の方向性もわからない(「不明」)と回答する企業が大きく増加した(図1参照)。つまり、コロナ危機はナイト流不確実性ショックという性格が顕著である。この点、世界経済危機下で大きく上昇した他の不確実性指標とは異なる動きである。
(4)企業レベルでの不確実性は将来の設備投資と負の関係を持っており、マクロ経済の不確実性よりもミクロの自社業況の不確実性の影響が支配的である。

3.含意

コロナ危機において、企業にとって先行きの方向性すら見通せないという意味でのナイト流不確実性が極端に高まった。この点、過去の大きな経済的ショックとは大きく異なる性質を持っている。こうした状況の下、通常のマクロ経済政策の有効性は減殺されている可能性がある。

本稿で使用した自社業況、国内景況「不明」という回答は、極めて単純だが企業の主観的不確実性を把握する上で有用な情報である。マクロレベルだけでなく、個別企業レベルでの不確実性を把握できるのも利点である。また、企業レベルの不確実性の計測でしばしば使用される事後的な予測誤差と異なり、実績値のリリースを待つことなく四半期毎に利用可能という点でも有用性が高い。想定外の不確実性ショックは今後も度々生じると考えられ、こうした情報をモニターすることは経済政策の運営にとって有益である。

図1.自社業況の見通しと不確実性
図1.自社業況の見通しと不確実性
(注)1四半期先の自社業況見通し(BSI)と不確実性(Unsure)を図示。