ノンテクニカルサマリー

中国ショック:日本企業の様々な反応

執筆者 伊藤 匡(学習院大学)/松浦 寿幸(慶應義塾大学)
研究プロジェクト グローバリゼーションと日本経済:企業の対応と世界貿易ガバナンス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバリゼーションと日本経済:企業の対応と世界貿易ガバナンス」プロジェクト

グローバリゼーションにより国家間の市場統合が進み、各国の企業はより強い競争圧力にさらされるようになってきている。貿易自由化は、輸入品との競合関係を通じて国内企業に対する競争圧力を高める。その影響についての分析は近年の国際貿易論の諸研究の主要な研究テーマとなっている。近年、低賃金国からの輸入が増加しており、特に、2001年の中国のWTO加盟以来、中国からの輸入は増加している。中国は2009年に世界最大の輸出国となり、2010年には世界第2位の経済大国となった。中国経済の台頭とその影響は、多くの先進国で注目され、強い懸念を呼んでいる。

中国からの輸入の急増が労働市場に与える影響に関する初期の先駆的な研究の焦点は、米国の労働市場であった。しかし、中国からの輸入は、米国以外の国、特に中国の隣国である韓国や日本では、より顕著になる可能性がある。韓国と日本は、1990年代後半から中国からの輸入比率が非常に高くなり、増加している。このような高い浸透率を考えると、中国からの輸入が日本企業のリストラクチャリングに及ぼす影響についての研究は特に重要である。

これまでの研究では、中国製品の流入が雇用調整に与える影響に着目するものが多かったが、本研究では、企業が輸入競争に対応して、製品切り替えなどのイノベーション戦略と雇用調整をどのように組み合わせているかを分析した。使用したデータは、1996年から2014年の工業統計調査(経済産業省)、経済センサス-活動調査(総務省・経済産業省)の品目別出荷額についての調査票データである。このデータと貿易統計(財務省)から得られる品目別輸入額のデータを組み合わせることにより、輸入増加が雇用調整、および製品転換に及ぼす影響を分析した。雇用調整は期首から期末にかけて従業員数が10%以上減少した企業、製品転換は4桁分類でみた主要売上品目が期首から期末にかけて変更になった企業を指す。

表1は1996年から2014年の製造業企業の雇用調整・製品転換・撤退の状況を中国からの輸入競合部門と非競合部門で比較したものである。輸入非競合部門と競合部門の間には、いくつかの顕著な違いがある。「調整なし」の企業は、非競合部門では12.4%、競合部門は7.3%と大幅に減少している。「撤退」は非競合部門の64.2%から競合部門の68.8%へと増加している。

「製品転換」と「雇用調整&製品転換」も、それぞれ4.2%から6.3%、4.6%から8.2%と明らかに増加しているが、「雇用調整のみ」は14.7%から9.5%と減少しており、中国からの輸入品との厳しい競争に直面した場合、製品転換が重要な戦略の一つとなっていることがわかる。「製品転換」をイノベーション活動の一つとして考えた場合、輸入競争への耐性を高めるには新しい事業分野を切り開くイノベーション活動を活発化させるような政策が重要であると言えるのではないだろうか。

表1 1996-2014年の製造業企業の雇用調整・製品転換・撤退の状況
全企業 輸入非競合部門 輸入競合部門
調整なし 12.5% 12.4% 7.3%
雇用調整のみ 14.1% 14.7% 9.5%
製品転換 5.6% 4.2% 6.3%
雇用調整&製品転換 6.0% 4.6% 8.1%
撤退 61.8% 64.2% 68.8%
注)輸入非競合部門と輸入競合部門は、業種別中国輸入浸透率の変化幅が、最下位10分位(輸入非競合部門)、上位10分位(輸入競合部門)を指す。