ノンテクニカルサマリー

外国人参政権に対する日本人有権者の態度:サーベイ実験による検証

執筆者 五十嵐 彰(大阪大学)/尾野 嘉邦(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 先端技術と民主主義:技術の進展と人間社会の共生を目指して
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「先端技術と民主主義:技術の進展と人間社会の共生を目指して」プロジェクト

日本では、移民の権利向上のために、多くの市民団体や活動家が政府や国民に働きかけるなど、主要な役割を担っている。移民の権利について日本人や移民自身が語るニュースや新聞記事がしばしば見られるように、多くの日本人にとって、移民の権利に関するメッセージを受け取る機会は珍しいものではない。

移民の数が相対的に少ない東アジア諸国において、移民の社会運動が成功するために、いったい誰が移民の権利に関するメッセージを伝えるべきなのだろうか。誰からのメッセージが、より効果的に国民の意識を変えうるのだろうか。理論的な先行研究では、移民が自ら体験を語った場合の方が人々の感情に訴えかけ効果的であると論じられている。しかし、これはまだ実証的に検証されていない。

誰がメッセージを伝えるべきか、という問いには、社会的アイデンティティの観点から仮説を導くことができる。社会的アイデンティティ理論に基づけば、人は同じ集団の構成員をより信頼しやすく、そのメッセージがより説得的だと認識する可能性が指摘できる。この結果、移民からのメッセージよりも日本人のメッセージの方がより影響力を持つと考えられる。

本研究では、移民の権利をめぐる社会運動において日本人と移民のメッセージのどちらが影響力を持つのかを、日本における移民への地方参政権付与に対する態度をケースとしてサーベイ実験により検証した。多くの民主主義国において移民に(条件が付く場合があるものの)地方参政権が付与されており、最高裁判決でも移民への参政権付与を違憲とはしていない。しかしながら、未だに参政権付与が実現されていない。地方自治体が外国人に対して住民投票を認めることもあり得るが、最近の例では、2021年に武蔵野市において反対運動が起こり否決されている。

オンラインで実施したサーベイ実験において、参加者に地方参政権に関する架空の新聞記事を提示した。新聞記事は、移民への地方参政権付与に関する概要に加えて、日本人/フィンランド人/韓国人のいずれかがその重要性を訴えるという内容になっている。新聞記事の内容は同一だが、名前と国籍のみが回答者ごとにランダムに変わっている。参加者はこの記事を読んだ後、移民への地方参政権付与に対する態度について回答した。

外国人(フィンランド人と韓国人)がメッセージを発する場合と日本人の場合とを比較した結果、どちらの場合でも地方参政権付与に対する態度は変わらなかった。次に、国籍別で比べた場合、フィンランド人の場合には、日本人がメッセージを発する場合と差が見られなかった。一方、日本人と比べて韓国人がメッセージを発した場合に、地方参政権への支持が減少した。これは社会的アイデンティティを一部支持する結果になったといえる(図1参照)。韓国人にのみ効果が出た理由として、在日韓国・朝鮮人が選挙権を求める社会運動の中心的存在であり、韓国人という情報を与えられることにより、集団間の境界がより顕在化したためであると考えられる。

社会的アイデンティティのメカニズムを検証するため、回答者をさらにナショナリズムの強さに応じて二群に分けた検証を行った。その結果、韓国人がメッセージを発する場合の負の効果は、ナショナリズムが高い回答者群にのみ見られた。ナショナリズムが高い群は日本人としてのアイデンティティがより強いと考えられ、その群でのみ韓国人のメッセージの負の効果が現れたことは、社会的アイデンティティ理論を間接的に支持していると考えられる。

以上の分析から、日本人が移民の権利に関するメッセージを発することによってその主張の影響力が減るということはないと考えられる。むしろメッセージを受ける側によっては、日本人からのメッセージの方がより説得的に聞こえるということがあることが示唆された。

図1.地方参政権付与に関するメッセージの主張者国籍が市民権付与支持に与える効果
図1.地方参政権付与に関するメッセージの主張者国籍が市民権付与支持に与える効果