ノンテクニカルサマリー

企業間取引関係を通じたショックの伝播によって生じる景気変動の定量的評価について

執筆者 荒田 禎之 (研究員)/宮川 大介 (一橋大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

景気変動を引き起こす原因とは何だろうか?このマクロ経済学の根本的な問いに対して、企業レベルのミクロショックが景気変動の重要な一要因になるかもしれないというアイデアが、近年注目を集めている。というのも、現代の経済では企業はそれぞれ独立に存在しているのではなく、多くの企業との取引関係を持ち、経済全体で見た時、それは大きなネットワークを構成しているからである(図1)。したがって、企業への何らかのショックはその企業自体に影響を与えるのみならず、取引関係を通じて他企業に波及し、さらには経済全体へと広がっていくかもしれない。特に、ネットワークの中心にいるような企業(経済に大きな影響力を持つような巨大企業)へのショックは、この取引関係を通じた波及効果によって、マクロレベルでも無視できない変動を引き起こすかもしれない。このようなアイデアは、最近では多くの研究者に受け入れられているが、このようなミクロショック起因の景気変動はどの程度の大きさになりうるのか、また実際に観察される景気変動をどの程度説明することができるのかについては、未解決の問題として残っている。本研究ではこの問題に取り組んだ。

図1:企業間の取引関係ネットワーク
図1:企業間の取引関係ネットワーク

この問題を考えるときにキーとなるのは、景気変動の確率分布(例えばGDP成長率の確率分布)の形状である。これまでの実証的な先行研究での観察事実として、GDP成長率の確率分布は正規分布から外れていること、そして特にテール部分(裾野部分)が厚く、正規分布では予測されないような経済の大変動が実際には生じていることが知られている。この観察事実を頭の片隅に入れて、ミクロショック起因の景気変動の確率分布に関する、2つの対立するアイデアを考えてみよう。

(アイデア1)企業レベルのミクロショックが打ち消しあう場合
例えば、巨大企業やネットワークの中心にいるというような企業が存在せず、個々の企業の経済全体への影響力がとても小さいケースを考えてみよう。このような場合には、ある企業へのプラスのショックは他の企業へのマイナスのショックによって相殺され、結局マクロ全体で見れば平均化されるため、経済全体としては大きな変動は見られない。より正確な言い方をすれば、多数のショックの打ち消しあいの効果のために中心極限定理が働き、ミクロショック起因の景気変動の確率分布は正規分布に近いことが予測される。

(アイデア2)企業レベルのミクロショックの打ち消しあいが不十分な場合
ネットワークの中心に超巨大企業が存在する場合、このような企業へのマイナスのショックは多くの他企業へ波及するため、他企業へのプラスのショックによって相殺されない。このような場合には、上記の(アイデア1)には中心極限定理は働かず、したがってミクロショック起因の景気変動の確率分布は正規分布にならない。したがって、正規分布では予測されないような大きな景気変動が、ミクロショック起因で生じるかもしれない。

上記の(アイデア1)と(アイデア2)のどちらが実際の日本経済を描写しているのだろうか?特に検証すべき課題は、実際の企業間の取引関係ネットワークを前提としたとき、(アイデア2)のような考えによって、実際に観察されるGDP成長率の正規分布からの逸脱を説明出来るのか、という点である。

本研究では、東京商工リサーチの企業間取引関係のデータを用い、ミクロショックが引き起こす景気変動の確率分布を理論モデルに基づいて計算した。その結果、この企業間取引ネットワークを前提とすると、日本経済は上記(アイデア1)と(アイデア2)のいわば真ん中に位置することが分かった。つまり、ネットワークの中心に位置し、経済全体に影響を及ぼしうる企業が存在しており、そのためにミクロショックの打ち消しあいが十分に働かず、中心極限定理は成り立たたない。したがって、(アイデア2)にあるように、ミクロショック起因の景気変動の確率分布は正規分布ではない。しかしその一方、(アイデア1)にあるようなミクロショックの打ち消しあいの効果は"ある程度は"働いており、理論上予測されるミクロショック起因の景気変動の確率分布は、正規分布に極めて近いことが分かった。図2は、この理論上予測されるミクロショック起因の景気変動の確率分布(実線)と、日本の実際のGDP成長率のヒストグラムを比較したものである。この図が示しているように、理論モデルが予測するミクロショック起因の景気変動は正規分布に極めて近く、言い換えれば、理論モデルではあくまで0周辺の小さな景気変動を予測するに過ぎないので、ヒストグラムが示すような実際に観察される経済の大変動を説明することはできない。以上の事から、先行研究が主張するようにミクロショックが景気変動の一要因になるというのは正しいとしても、ミクロショックを景気変動の主要因として考えることはできないというのが本研究の結論である。

図2:GDP成長率(四半期)のヒストグラムと理論モデルから予測される確率分布
図2:GDP成長率(四半期)のヒストグラムと理論モデルから予測される確率分布